ヤスマフ・アダド

ヤスマフ・アダドは、古アッシリア王国を築き上げた名君シャムシ・アダド1世の息子として知られています。彼の生没年は不明ですが、父王の時代にマリ王として君臨した人物です。シャムシ・アダド1世は、軍事力によってマリ王国を征服し、息子のヤスマフ・アダドをマリ王に据えました。この任命は、アッシリアの勢力拡大と、征服地支配における重要な戦略的措置であったと考えられます。

しかしながら、マリ遺跡から発掘された文書により、ヤスマフ・アダドの治世は、父王であるシャムシ・アダド1世の強い影響下にあったことが分かっています。彼は、政治や外交といった主要な意思決定において、父王からの指示や介入を頻繁に受けていたようです。これは、アッシリアがマリを完全に支配下に置こうとしていたこと、また、ヤスマフ・アダド自身には、独立した政治的判断力や統治能力が不足していた可能性を示唆しています。

兄であるイシュメ・ダガン1世もまた、エカラトゥムという都市を拠点に、父王の指示に従って統治を行っていました。兄弟二人とも、父王の庇護の下、政治的な実権を握ることはできませんでした。このように、シャムシ・アダド1世は、中央集権的な支配体制を確立し、地方支配者たちを厳しく管理していたことが窺えます。

紀元前1781年、シャムシ・アダド1世が崩御すると、アッシリアは勢力衰退の兆しを見せ始めます。エシュヌンナ王イバル・ピ・エル2世による攻撃を受け、マリ地方の支配権を失ってしまいました。この混乱に乗じて、かつてヤスマフ・アダドによって追われたマリ王ヤフドゥン・リムの息子、ジムリ・リムが、バビロンのハンムラビ王の支援を受けて反乱を起こし、マリ王位を奪還しました。

ヤスマフ・アダドは、この王位奪還劇の中でどのような役割を果たしたのか、あるいはどのような運命を辿ったのかは、歴史資料からは分かっていません。彼の消息は、ジムリ・リムがマリ王位を奪取した時点以降、完全に途絶えています。このことは、ヤスマフ・アダドが戦死したか、あるいは逃亡して身を隠したかのいずれかであると考えられますが、確かなことは何も分かっていません。

なお、書籍によっては「ヤスマフ・アッドゥ」という表記も見られます。これは、彼の名前を構成する「アダド（Adad）」という部分が、アッカド語では「アダド」と発音されるのに対し、アムル語などの西セム語派の言語では「アッドゥ」と発音されるためです。この表記の違いは、言語学的な背景に基づいたものであり、歴史的事実を反映したものではないことに留意する必要があります。

このように、ヤスマフ・アダドの生涯は、父王の影に隠れてしまった短いものでした。しかし、彼の存在は、古アッシリア王国の政治構造や、その支配のあり方を知る上で重要な手がかりを与えてくれます。今後の発掘調査や研究の進展によって、彼の生涯やその後の消息に関する新たな知見が得られることを期待したいものです。

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