ヤセイカンラン

ヤセイカンラン（野生甘藍）

ヤセイカンランは、学名を Brassica oleracea L. といい、アブラナ科アブラナ属に分類される野生の植物です。英語では wild cabbage と呼ばれます。

分布と生態

この植物は主に西ヨーロッパ沿岸部に分布しており、具体的には地中海沿岸からイギリスにかけての地域で見られます。特に、海岸付近の石灰岩質の崖地や斜面といった、比較的やせた土地を好んで自生する性質があります。
ヤセイカンランは二年生植物です。最初の成長期には、地面に広がる大きな葉をたくさんつけ、太陽光を受けて光合成を行い、根や茎に水分と栄養分を蓄えます。冬の間は、葉が地面に張り付いたロゼットという状態で寒さに耐え、越冬します。そして、二年目の春になると、前年に蓄えた豊富な栄養分を用いて、急速に茎を伸ばします。この茎は高さが1メートルから2メートルにも達し、先端には多数の黄色い花を咲かせる花穂を形成します。花後に種子を作り、一生を終えます。

特徴と多様性

ヤセイカンランの最も顕著な特徴の一つは、その形態の多様性の高さです。これは、自分自身の花粉では受精しにくい自家不和合性という性質や、遺伝子の多様性が高いヘテロ接合性を持つことに起因しています。その結果、同じ場所で生育している個体であっても、葉の形や大きさ、茎の伸び方、全体の姿（草型）などが大きく異なることがよくあります。この遺伝的な柔軟性と変異性の高さこそが、人類が特定の形質を持つ個体を選び出し、長年にわたる品種改良を行うことで、今日見られるような多様なアブラナ科野菜を生み出すことができた最大の要因と考えられています。
また、自生地である石灰岩海岸の土壌は栄養分が少ないことが多いですが、より肥沃な土壌で栽培すると、驚くほど大きく成長することも知られています。これは、この植物が本来持っている潜在的な生育能力の高さを示しています。
ヤセイカンランの近縁種としては、イタリアに自生する Brassica robertiana J.Gay や B. cretica Lam などが挙げられます。これらの近縁種が、ヤセイカンランを原種とする野菜の品種改良の過程で、遺伝資源として導入された可能性も推測されています。

人類との関わりと変種

ヤセイカンランは古くから人類に利用されてきました。少なくとも古代イベリア人によって薬草として用いられていたと考えられており、その知識は後にケルト人の間にも伝わったとされています。しかし、この植物の真価は、食用作物としての改良によって発揮されました。
ヤセイカンランが持つ多様な変異の中から、人類は葉が巻いて球になるもの、花やつぼみが大きくなるもの、茎や根が肥大するものといった特定の形質を持つ個体を選抜し、栽培と育種を繰り返しました。この長いプロセスを経て、ヤセイカンランは以下のような、現在の私たちの食生活に欠かせない多くの野菜の原種となったのです。

Brassica oleracea var. acephala - ケール：葉が結球しないタイプで、栄養価が高いことで知られます。
Brassica oleracea var. alboglabra - カイラン：主に中国料理で利用される葉茎菜です。
Brassica oleracea var. botrytis - カリフラワー、ロマネスコ：緻密な花蕾を食用とします。
Brassica oleracea var. capitata - キャベツ：葉が何層にも重なり、球状に結球するタイプです。
Brassica oleracea var. gemmifera - メキャベツ：脇芽が小さなキャベツ状に結球します。
Brassica oleracea var. gongylodes - コールラビ：茎がカブのように肥大したものを食用とします。
Brassica oleracea var. italica - ブロッコリー：緑色の大きな花蕾と茎を食用とします。

このように、ヤセイカンランは、単一の種からこれほどまでに多様な姿と用途を持つ野菜が生み出された、驚異的な例です。まさに「野菜の母」とも呼べる存在であり、その生物学的な特性が今日の豊かな食文化を支える基盤となっているのです。

関連項目

野菜
* カキバカンラン (Collard)

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