ヤースヌイ宇宙基地

ロシア連邦のオレンブルク州南東部に広がるヤースヌイ宇宙基地は、その名の通りヤースヌイ市を中心に、ドンバロフスキーをはじめとする近隣市街地にまたがる広大な敷地を持つロケット発射場です。特に、実際のロケット打ち上げが行われる射場はドンバロフスキー地区に位置していることから、この地域の名前を取ってドンバロフスキー宇宙基地と呼ばれることもあります。地理的にはカザフスタン共和国との国境にも比較的近い位置にあり、かつては国境警備や防衛の観点からも重要な地域でした。

この場所の歴史は、冷戦期のソビエト連邦における軍事戦略と深く結びついています。宇宙基地として利用される以前は、ソビエト連邦軍の極めて重要な軍事拠点でした。冷戦という東西対立の最中、この基地には要撃機が配備され、また、米国などへの攻撃を想定した大陸間弾道ミサイル（ICBM）のサイロが構築されていました。文字通り、最前線の軍事基地として、その役割を担っていたのです。

冷戦が終結し、世界の情勢が変化する中で、この軍事基地も新たな役割を模索するようになります。そして、その強固なインフラと広大な敷地を活用し、宇宙基地としての機能を持つことになりました。ロシア国内には、古くから存在するバイコヌール宇宙基地（現在はカザフスタン共和国に位置しますが、ロシアが租借・運用）、プレセツク宇宙基地、カプースチン・ヤール、そして比較的新しいスヴォボードヌイ宇宙基地（現在はボストーチヌイ宇宙基地に改称・統合されつつある）など、複数の宇宙基地が存在しますが、ヤースヌイ宇宙基地はこれらの主要な宇宙基地に続く、ロシアにとって5番目の宇宙への玄関口としての位置づけを持つことになります。

現在、ヤースヌイ宇宙基地の主な活動は、商業衛星の打ち上げサービスです。このサービスを提供しているのは、ロシアとウクライナの合弁会社であるISCコスモトラスという企業です。彼らは、冷戦期に開発・配備されたICBMを平和利用のために改造したロケット、『ドニエプル』を使用して、世界中の顧客から依頼された商業衛星を宇宙へと送り出しています。

ヤースヌイ宇宙基地の運用形態における最大の特異点は、その打ち上げインフラの再利用にあります。一般的にロケット発射場は、地上に巨大な発射台や整備施設が構築されますが、ヤースヌイでは、かつてICBMを地下深くに格納し、敵の攻撃から守るために造られた堅牢な地下サイロが、そのままドニエプルロケットの発射施設として転用されています。これは、ドニエプルロケットがICBMとしての構造や発射方式を基本的に引き継いでいるからこそ可能なユニークな方法です。地下サイロからの打ち上げは、地上の露出部分が少ないため、整備作業の簡素化や、特定の状況下での安全性の向上といった側面も持ち合わせています。

このユニークな基地からのドニエプルロケットによる商業打ち上げは、着実に実績を積み重ねています。確認できる情報によれば、2015年3月時点までに、ヤースヌイ宇宙基地から合計10機のドニエプルロケットが打ち上げられています。そして、特筆すべきは、これらの打ち上げがいずれも成功しており、ペイロードである衛星を予定通りの軌道に乗せることに成功している点です。これは、古い軍事技術を宇宙利用へと転換した取り組みの成功事例と言えるでしょう。

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