ユナニ医学

ユナニ医学：古代ギリシャ起源の伝統医学

ユナニ医学は、古代ギリシャ医学を起源とする伝統医学であり、現在もインド亜大陸を中心としたイスラム文化圏で実践されています。中国医学、アーユルヴェーダと並び、世界三大伝統医学の一つとされています。ユーナニ医学、ユナニー医学、ユナニティブ、ギリシャ・アラビア医学、グレコ・アラブ医学、アラビア医学、イスラーム医学とも呼ばれます。

語源と歴史

「Yunan」はペルシャ語（アラビア語でも同様）で「ギリシャ」を意味し、「yūnānī」は「ギリシャの」または「ギリシャを源にするもの」を意味します。この語源は、イオニア地方のコス島出身の医師ヒポクラテスや、その流れを汲むガレノスの教えを基礎としていることに由来します。

イスラム医学と呼ばれることもありますが、イスラム世界で発展したものの、キリスト教徒やユダヤ教徒など様々な宗教の学者も貢献しています。また、ペルシャ人、トルコ人、インド人、ギリシャ人、エジプト人、シリア人など、様々な民族の医師が活躍しました。そのため、「アラビア人の医学」や「イスラムの医学」ではなく、広くアラビア世界、イスラム文化圏で発展した医学を指します。10世紀に確立し、イスラムの拡大とアラビア語の普及に伴い、ヨーロッパやインドでも広く行われました。ヨーロッパの大学では、15～16世紀には主にユナニ医学が教えられており、18世紀までイブン・スィーナー（Avicenna, 980-1037）の『医学典範』などが教科書として使われていました。

理論

ユナニ医学は、ヒポクラテスに代表されるギリシャ医学を祖とするため、自然治癒と病気の予防を重視します。生活習慣や環境を病気の原因と考え、生活指導や食材の性質を考慮した食事療法を行います。理論としては、体液病理説がベースにあり、ガレノス医学を受け継ぎ四体液説を採っています。これは、4種類の基本体液のバランスがとれていれば健康で、どれかが優位になれば病気になるとする考え方です。体液の調和を回復させるために、患者の気質と薬剤の性質を考慮し処方され、瀉血や下剤なども用いられます。アッバース朝では交易が盛んになったため、地中海や中近東地域に産するものだけでなく、世界各地の生薬が広く用いられました。西洋近代医学が台頭してからも、ヨーロッパでは19世紀まで治療に活用されました。

四体液説

ユナニ医学の基本は、体液病理説です。これは、「人間の身体には数種類の基本体液があり、その調和によって身体と精神の健康が保たれ、バランスが崩れると病気になる」というものであり、古代ギリシャやインドで唱えられました。ユナニ医学はガレノス理論を受け継ぎ、基本体液を4種類とする「四体液説」を採っています。また、人に気質があるのと同様に、食材や生薬にも「熱・冷・湿・乾」の4つの基本性質があると考えられており、患者の気質と食材・生薬の性質を考慮して食事指導や薬の処方がなされます。

4つの基本体液は「血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁」で、それぞれの量、混合、成熟の度合いなどによって、人間の病気と健康が決まると考えられました。体液にはそれぞれ性質があり、血液は熱性・湿性、粘液は冷性・湿性、黄胆汁は熱性・乾性、黒胆汁は冷性・乾性です。どの体液が優位であるかによって、人の気質は「多血質、粘液質、黄胆汁質（胆汁質）、黒胆汁質（憂鬱質）」の4つに分けられます。

診断と治療

患者の身体の状態や言動、環境などが細かく観察され、触診が行われます。また体液病理説であるため、体液の状態を知るために、尿検査や便診、脈診、血の状態を見るための瀉血などが行われ、診断材料とされます。

治療の方針は、過剰な力を除去し、不足するところに加えて（逆療法）、過剰な体液を除き、体液のバランスを安定させることです。イブン・スィーナーは『医学典範』で、衛生と栄養、生薬を使った治療、身体摩擦法を挙げています。

薬剤

ユナニ医学では、植物性、動物性、鉱物性の生薬が用いられます。生薬は単体で用いられることもあれば、数種類の生薬を混ぜた複合薬剤として用いられることもあります。薬の性質は、その薬が身体の気質に及ぼす作用によって決められ、患者に投与された時の反応から判断されます。

ヨーロッパへの影響

アラビアの医学は、十字軍の頃にヨーロッパに取り入れられ、大学の医学部で教科書として専門教育が行われました。15～16世紀まで、医学部では主にユナニ医学が教えられており、18世紀までイブン・スィーナーの『医学典範』が教科書として使われていました。

ルネサンス以降、西洋医学は自然科学へと方向を転じましたが、ユナニ医学の基本である体液病理説は、19世紀まで受け継がれていました。また、ヨーロッパの民間療法・自然療法には、ユナニ医学を受け継いだものも多く存在します。

ユナニ医学は、古代ギリシャ医学を起源とする伝統医学であり、独自の理論と治療法を持ち、西洋医学にも影響を与えました。現在もインド亜大陸を中心としたイスラム文化圏で実践されており、その知識体系は貴重な文化遺産と言えるでしょう。

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