ヨウスコウカワイルカ

ヨウスコウカワイルカ (Lipotes vexillifer)

ヨウスコウカワイルカは、哺乳綱偶蹄目（または鯨偶蹄目）に属し、ヨウスコウカワイルカ科ヨウスコウカワイルカ属に分類される、長江にのみ生息していた珍しい淡水イルカです。この種は、その独特さから単独で科と属を構成しています。

歴史と現状

紀元前3世紀頃の中国の辞典『爾雅』にも記述があり、当時約5,000頭が生息していたと推定されています。中国の伝統的な物語では、ヨウスコウカワイルカは愛のない結婚を拒んだ姫の生まれ変わりとされ、「長江の女神」として親しまれてきました。

しかし、20世紀以降の中国の工業化、乱獲、船舶輸送、ダム建設などの影響で個体数は激減しました。特に三峡ダムの建設は、生息環境に深刻なダメージを与えました。保護活動も行われましたが、2006年の大規模調査で生息が確認されず、絶滅が宣言されました。

ヨウスコウカワイルカの絶滅は、1950年代のニホンアシカやカリブモンクアザラシ以来の水生哺乳類の絶滅として、非常に大きな悲劇です。

分布

かつては長江の河口から宜昌までの1,700kmの範囲、洞庭湖、富春江下流域に分布していましたが、近年は生息域が著しく減少し、主に洞庭湖と鄱陽湖の間の中流域に限られていました。長江流域には世界の人口の約12%が生活しており、河川環境への影響は深刻です。ダム建設も生息域の減少を招く要因となっています。

生態

形態

成体の体長は、雄で約2.3m、雌で約2.5m、最大で約2.7mに達します。体重は135〜230kg程度です。

進化

ヨウスコウカワイルカは、世界に4種存在するカワイルカの一種です。他の3種は、南米のアマゾンカワイルカ、ラプラタカワイルカ、インド亜大陸のインドカワイルカです。ヨウスコウカワイルカの祖先は約2,500万年前に存在し、約2,000万年前に海を離れて長江に住み着いたと考えられています。

行動

ヨウスコウカワイルカは河川のみに生息し、魚類を捕食します。採食場所としては、支流との合流点や中州の下流側を好みます。繁殖は主に4〜5月に行われ、1年の前半が生殖期間と考えられています。出産は2〜4月にピークを迎え、妊娠率は約30%です。妊娠期間は約10〜11ヶ月で、通常1頭の幼獣を出産します。出産間隔は約3年です。生まれたばかりの幼獣は約80〜90cmで、育児期間は8〜20ヶ月です。雄は生後4年、雌は生後6年で性成熟します。

通常時の遊泳速度は時速10〜15kmですが、危険時には時速60kmに達することがあります。視覚は弱く、主にエコーロケーションを使って周囲の状況を把握します。寿命は野生下で約24年と推定されています。

人間との関係

絶滅への道

ダム建設、水質汚染、森林開発、爆発物による河川改修、船舶との衝突、漁業による混獲、電気漁法などが、ヨウスコウカワイルカの生息数を減少させた要因です。1980年代には分布域が枝江周辺まで縮小し、洞庭湖や富春江の個体群は消滅しました。2006年の調査では、生息が確認されず、2002年の確認例を最後に絶滅したと考えられています。

1979年にはワシントン条約附属書Iに掲載され、保護対象となりました。1979〜1981年の生息数は約400頭と推定されていましたが、1950年代の約6,000頭から急速に減少しました。

保護の試み

中国政府は、1970年代から保護対策を実施し、殺傷の禁止、漁業制限、自然保護区の設立などを行いました。1978年には淡水海豚研究センターが設立され、1996年にはヨウスコウカワイルカ保護財団が設立されました。

飼育の試みも行われましたが、繁殖が非常に困難でした。捕獲された雄の「淇淇」は、22年間の飼育生活を送りましたが、繁殖には至りませんでした。他の個体も飼育中に死亡しており、飼育下での繁殖は成功していません。

絶滅の宣告と現状

2006年12月、大規模な調査で1頭も確認されなかったことから、ヨウスコウカワイルカはほぼ絶滅したと発表されました。これは人類が引き起こした初のクジラ類の絶滅であり、大型脊椎動物の絶滅としても稀な事例です。2007年にも目撃情報がありましたが、確証には至っていません。

スナメリとの混同

長江にはスナメリも生息しており、一部報道ではスナメリを「ヨウスコウカワイルカ」と誤って表記することがあります。スナメリも絶滅が危惧されており、その保護も重要な課題です。

年表

紀元前3世紀頃: 推定個体数約5,000頭
1950年代: 推定約6,000頭
1979年: 中国政府が絶滅危惧種に指定
1996年: IUCNが「絶滅寸前」としてリストに記載
2006年: 1頭も確認できず、絶滅が宣言

関連項目

沙悟浄 - ヨウスコウカワイルカがモデルとする説がある

ヨウスコウカワイルカは、その美しい姿と、悲劇的な歴史から、環境保護の象徴として語り継がれるべき存在です。

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