ヨハン・ヨーゼフ・フックス

ヨハン・ヨーゼフ・フックスは、1660年頃にオーストリアのシュタイアーマルク州で農家の子として生まれ、1741年2月13日にウィーンでその生涯を閉じた、バロック音楽期を代表するオーストリアの作曲家、オルガン奏者、チェンバロ奏者です。

彼の若い頃に関する記録は多くありませんが、1680年にはグラーツ大学に在籍していたことが知られています。その後、1681年から1695年にかけては、インゴルシュタットの大学で法学を修める傍ら、地元の聖モーリツ教会のオルガニストを務めました。

1696年頃にユリアナ・クララと結婚したとされるフックスは、同年ウィーンに移り、ショッテン教会（元来アイルランド人修道士が設立したカトリック教会）のオルガニストに就任し、1701年までその任にあたります。1698年には、時の神聖ローマ皇帝レオポルト1世によって宮廷音楽家に任命されました。当時、大トルコ戦争の影響で宮廷の財政は厳しく、比較的高給であったイタリア人音楽家よりも、フックスのようなドイツ圏出身者が採用されたと見られています。1700年に宮廷楽長アントニオ・ドラーギが没すると、その地位は空席となり、マルカントニオ・ジアーニが宮廷副楽長に招かれます。フックスもこの頃からオペラ作曲を手掛けるようになります。

キャリアの階段を着実に昇ったフックスは、1705年にはウィーンのシュテファン大聖堂の第二楽長に抜擢されます。皇帝レオポルト1世の崩御を経て、1711年にはヨーゼフ1世も天然痘で世を去ります。新しい皇帝カール6世の時代、前副楽長ジアーニが楽長に昇進したことに伴い、フックスは1711年に宮廷副楽長に任命され（正式就任は1713年）、さらに1713年にはシュテファン大聖堂の第一楽長も兼任します。

1715年に楽長ジアーニが死去すると、副楽長アントニオ・カルダーラが楽長の地位を強く望みましたが、カール6世は迷わずフックスを宮廷楽長に任命します。カルダーラは後に副楽長となりますが、フックスは終生この最高位にあり続けました。皇帝からの信頼は非常に厚く、後にフックスが出版する著書の費用をカール6世自身が負担するなど、その寵愛ぶりが伺えます。

フックスの代表的な作品の一つに、1723年にカール6世のボヘミア王戴冠式のために作曲された祝祭オペラ『コスタンツァとフォルテッツァ』があります。この作品はプラハ城で莫大な費用をかけて上演され、タルティーニやクヴァンツ、ゼレンカといった高名な音楽家たちがオーケストラに参加し、皇帝自身もチェンバロを演奏するなど、極めて豪華なものでした。この時、痛風で歩行が困難だったフックスのために、皇帝が籠を用意して移動を助けたという逸話も残っています。

1725年には、彼の名声を今日に伝える最も重要な著作であるラテン語の対位法教程書『グラドゥス・アド・パルナッスム』（Gradus ad Parnassum, パルナッソスへの階梯）を発表しました。この書は、ジローラモ・ディルータの理論に基づきつつ、フックス独自の規則を加えたもので、J.S.バッハが蔵書し、モーツァルトやベートーヴェンといった後世の偉大な音楽家たちも学び、特に19世紀のフランスで絶大な影響力を持つ古典対位法の金字塔となりました。長らく原著の入手や現代語訳は困難でしたが、近年新たな翻訳や再版も行われています。

フックスの音楽様式は、伝統的なポリフォニー書法を基礎としつつ、当時の新しい潮流であったナポリ楽派の要素を取り入れ、器楽作品においてはフランス（リュリ）やイタリア（コレッリ）の影響も見て取れます。オペラ19曲、オラトリオ10曲、パルティータ29曲など、多岐にわたる作品を残しました。宮廷楽長として、副楽長のカルダーラ、宮廷詩人のゼーノら優れた才能と共に、ウィーン宮廷のオペラや音楽劇の黄金期を築き、バロック音楽の最後の輝きを放ちました。

1734年頃に妻ユリアナ・クララを亡くした後、フックスの作品には宗教的な色彩が強まったとされます。そして、皇帝カール6世が崩御した翌年、1741年にウィーンで80歳を超える生涯を閉じました。

フックスの名は死後しばらく忘れられましたが、一部の宗教曲は演奏が続けられました。約100年後の19世紀中頃、モーツァルトの作品目録作成で知られるルートヴィヒ・フォン・ケッヘルがフックスに関心を持ち、伝記と作品目録を刊行したことを機に再評価が進みます。オーストリア記念碑シリーズで作品が再出版されるなど、フックスは優れた作曲家としても再び光が当てられることとなりました。

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