ライオネル・ターティス

ライオネル・ターティス（Lionel Tertis, 1876年 12月29日 - 1975年2月22日）は、20世紀におけるイギリスを代表するヴィオラ奏者の一人です。彼はパウル・ヒンデミットやウィリアム・プリムローズといった同時代の巨匠たちと共に、当時顧みられることの少なかったヴィオラという楽器が、独奏楽器として正当な地位を確立する上で、極めて重要な役割を果たしました。

ターティスはヴィオラ特有の深い響き、特に低音弦（C線）の持つ豊かな音色を深く愛し、その魅力を最大限に引き出すことを追求しました。彼はこの目的のために、意図的に通常よりも大きなサイズのヴィオラを愛用したことで知られています。

生涯とキャリア

イングランド北部のウェスト・ハートリプールで生まれたターティスは、音楽の道を志し、初めライプツィヒ音楽院、次いでロンドン王立音楽院でヴァイオリンを学びました。しかし、ロンドン王立音楽院に在学中、弦楽四重奏を演奏する際にヴィオラを担当したことが、彼の音楽人生における大きな転機となりました。彼はヴィオラの奥深い音色に強く惹かれ、この楽器への転向を決意します。

ヴィオラ奏者として活動を開始して以降、ターティスはソリストとしても室内楽奏者としても目覚ましい活躍を見せました。当時の世界的な名ヴァイオリニストたち、例えばウジェーヌ・イザイ、ジャック・ティボー、フリッツ・クライスラーといった巨匠たちとも共演し、ヴィオラの存在感を高めていきました。

ヴィオラの地位向上と献呈作品

ターティスが活躍を始めた20世紀初頭、ヴィオラはオーケストラの中間パートや室内楽の一員としては不可欠でしたが、独奏楽器としてはほとんど注目されていない状況でした。しかし、ターティスのような情熱的な演奏家たちの登場と努力により、その状況は大きく変化します。彼らの活動は多くの作曲家を触発し、近代以降、ヴィオラのための独奏曲が数多く生み出される契機となりました。

特にターティスは、当時の多くのイギリス人作曲家から作品を献呈されています。その代表例としては、ウィリアム・ウォルトンのヴィオラ協奏曲が挙げられます（ただし、1929年の初演時の独奏はヒンデミットでした）。その他にも、アーノルド・バックスのヴィオラソナタ、レイフ・ヴォーン・ウィリアムズの『野の花』、グスターヴ・ホルストの『抒情的断章』などが、ターティスに捧げられた重要な作品です。ターティス以外にもウィリアム・プリムローズなど世界的に著名なヴィオラ奏者がイギリスに輩出されたこともあり、イギリスの近代音楽においては、比較的ヴィオラのための優れた作品が豊富に存在しています。

録音

ターティスの演奏は、SPレコードなどの録音を通じて今日に伝えられています。アーノルド・バックスのヴィオラソナタは、作曲者自身との共演による歴史的な録音が残されています。また、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番より「シャコンヌ」をヴィオラ用に編曲・演奏した録音や、ヨハネス・ブラームスのヴィオラソナタ第1番の録音なども存在し、彼の芸術に触れることができます。

ターティス型ヴィオラ

ヴィオラという楽器は、ヴァイオリンやチェロと比べて標準的なサイズが存在せず、個々の楽器によって大きさが大きく異なるという特徴があります。ターティスは、特に小さなヴィオラに対して批判的で、自身の理想とする豊かな音色を実現するために、43.2センチメートル（17インチ）級という大型のヴィオラを好んで演奏しました。

しかし、長年にわたる演奏活動の中で、ターティスは左手を傷めてしまい（一種の滑液包炎と推測されています）、一時的に演奏活動から離れざるを得なくなります。この経験から、彼は演奏家の身体的負担を軽減しつつ、理想の音響を得られる楽器の設計を追求しました。そこで考案されたのが、全長は標準的でありながら、横幅を広げることで共鳴箱の容積を確保し、豊かで深みのある音色を生み出すヴィオラでした。この革新的な設計のヴィオラは、後に「ターティス型」として広く知られるようになり、今日でも楽器業界において、幅広で深胴のヴィオラを指す名称として用いられることがあります。

ライオネル・ターティスは1975年にロンドンでその生涯を閉じました。彼のヴィオラ音楽への多大な貢献を記念して、1980年には「ライオネル・ターティス国際ヴィオラ・コンクール」が設立され、若手ヴィオラ奏者の育成とヴィオラ音楽の普及に貢献し続けています。

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