ラクダの戦い

ラクダの戦い（アラビア語: موقعة الجمل、mawqiʿa al-Jamal）は、656年12月に進行した、イスラム教徒同士の戦闘である。この戦いは、初代正統カリフのアブー・バクルの娘アーイシャ、古参の信徒であるズバイル・イブン・アウワーム、タルハが新たに正統カリフに即位したアリーに対して反乱を起こしたことが引き金となった。この戦闘の名称は、アーイシャが戦闘に際してラクダに乗って出陣したことに由来している。

背景

ムハンマドが生存していた頃から、アリーとアーイシャの間には感情的な対立が存在していた。特にムスタリク族との戦いの後、アーイシャがムハンマドの側から離れてしまった際、アリーは彼女の貞操について疑念を抱き、アーイシャはそれに対して深い恨みを抱くようになった。ムハンマドの死後、カリフの選出が行われるが、アリーは葬儀に出席しなかったため、アーイシャは彼に対して強い不満を持つようになった。また、アリーの妻であるファーティマへの遺産相続がアブー・バクルによって認められたことも、アリー夫妻との間に不信感を生む要因となった。

第3代目の正統カリフウスマーンが暗殺された後、アリーはカリフに推戴されるも、その就任要請を一度拒否してから即位した。アリーはその政策において、前任者であるアブー・バクルやウマルとは異なる姿勢を示し、メッカから移住してきたムハージルーンよりも、ヒジュラ以前からメディナに住んでいたアンサールにより近い立場をとった。彼の即位後、ウスマーン暗殺に関与した者たちに恩赦を与える一方で、多数のウマイヤ家出身の総督を解任したことが、ウマイヤ家の反発を招くこととなった。

経緯

一方、ズバイルとタルハはアリーに対して一度忠誠を誓ったものの、メディナを離れてアーイシャとの合流を選択し、アリーがウスマーン暗殺の黒幕であると主張した。彼らはウスマーンの復讐を口実に、ウスマーンの支持者が多いバスラに攻撃を仕掛けることにした。開始当初、バスラの住民はアリーとアーイシャの双方に対して分かれ、意見が対立していたが、アリー側の統治を命じられたウスマーン・ブン・フナイフが囚われると状況は一変し、反乱軍はバスラを完全に掌握していく。

アリーが反乱軍に対抗するためにクーファに移動する準備を進め、その地で支持を得ることを目的とした。アリーが到着すると、支持者たちが集まり、軍勢を形成していく。656年12月、アリー軍と反乱軍はバスラ郊外のワーディー・サブアで対峙し、間もなく戦闘が始まる。アリーは反乱軍に対話を試みたが、最終的には開戦を決意することとなった。

タルハは武戦の中で流れ矢により致命傷を負い、ズバイルは退却中に殺害される。アーイシャは戦闘を中止させるため、椅子に乗ったラクダの上で呼びかけを行ったが、戦いは再開され、彼女は攻撃の的となってしまった。最終的に彼女は捕虜となり、その後はメディナに送還される。

この戦いで互いに約10,000人の戦死者が出る結果となり、アリーは戦後、戦死したズバイルやタルハに対して深い哀悼の意を示し、彼らに葬儀を行った。アーイシャは叱責を受け、メディナへの帰還を余儀なくされる。

結果

アリーはクーファに拠点を構えた後、敵対勢力の不満を解消すべく資金を分配し、ウスマーンの時代に任命された地方総督の多くを解任した。しかし、シリアの総督であるムアーウィヤはウスマーン暗殺者の処罰を求めてバイアを拒否し、対立が続くこととなった。

アーイシャは「信者の母」として余生を過ごし、ムハンマドの言行を語る役割を果たした。ラクダの戦いは、初めてのイスラム教徒間の戦闘（フィトナ）であり、カリフの役割や共同体のあり方に関する意見の相違が深く関与していたとされ、後世のイスラム思想史にも大きな影響を及ぼす出来事となった。

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