ラヌッチョ・ファルネーゼの肖像

概要

『ラヌッチョ・ファルネーゼの肖像』は、イタリア盛期ルネサンスを代表する画家、ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1542年頃に制作した油彩画です。この作品は、パルマ公ピエール・ルイージ・ファルネーゼの息子で、後に枢機卿となるラヌッチョ・ファルネーゼを描いた肖像画であり、画家のファルネーゼ家関連の肖像画としては初期のものです。コルナーロ司祭の依頼により、ラヌッチョの母ジェローラマ・オルシーニに贈る目的で制作され、「Titianvs F.」という署名が残されています。現在は、ワシントンのナショナル・ギャラリーに所蔵されています。

作品詳細

描かれているラヌッチョ・ファルネーゼは、当時12歳（制作開始時は11歳）で、パルマに滞在中にこの肖像画が描かれました。彼は、祖父である教皇パウルス3世の縁故により、マルタ騎士団の要職に就くためにヴェネツィアに送られました。その後、14歳でナポリ大司教、19歳になるまでにコンスタンティノープル総大司教とラヴェンナ大司教を兼任し、35歳で亡くなる直前にはミラノ大司教に任命されるなど、若くして多くの要職を歴任しました。その教養と人柄から、人々に愛された人物であったと伝えられています。

ティツィアーノは、この肖像画においてラヌッチョの聡明で気品ある風貌を、その短い生涯を予感させるような繊細さで捉えています。この絵の制作と同じ年に、ティツィアーノは『クラリッサ・ストロッツィの肖像』も描いており、これらの作品から、画家が若々しい対象に特別な好意を抱いていたことが伺えます。彼は、イタリアの有力な二家の子供たちを描くにあたり、あどけなさの中に潜む感性と、社会的地位や豪華な衣装といった外見との間にある、ある種の不調和を意識していたと考えられます。

ティツィアーノは、色彩を黒、白、ピンクに限定し、光を巧みに操ることで、ベルベットの袖の鈍い輝きや、ダブレットの模様、マルタ騎士団の十字章に反射する光の移ろいを表現しています。少年の衣装の光沢、マルタ騎士団の十字章、剣の柄などは、少年の穏やかな顔立ち、大きな優しい目、ふっくらとした鼻と口を引き立てています。

この作品は、ティツィアーノが教皇パウルス3世とファルネーゼ家の庇護を得るために、細心の注意を払って制作したと考えられています。この肖像画の成功が、その後のパウルス3世の肖像画制作の依頼につながり、ファルネーゼ家からの多くの肖像画の依頼へと発展しました。

来歴

この作品は、当初ローマとパルマのファルネーゼ家のコレクションに収蔵されていましたが、1734年から1816年まではナポリのブルボン家のコレクションにありました。その後、ジョージ・ドナルドソン卿によってロンドンに渡り、ジョン・チャールズ・ロビンソン、そしてフランシス・クックへと所有者が変わりました。1947年には、グアルティエロ・ヴォルテッラによってアレッサンドロ・コンティーニ・ボナコッシ伯爵に売却され、1948年にはサミュエル・ヘンリー・クレスに売却されました。最終的に、1952年にクレス財団からワシントンのナショナル・ギャラリーに寄贈され、現在に至ります。

参考文献

前川誠郎・クリスティアン・ホルニッヒ・森田義之『カンヴァス世界の大画家9　ジョルジョーネ/ティツィアーノ』、中央公論社、1984年刊行 ISBN 4-12-401899-1
デーヴィッド・ローザンド　久保尋二訳『世界の巨匠シリーズ　ティツィアーノ』、美術出版社、1978年刊行　ISBN 4-568-16046-4
(イタリア語) Francesco Valcanover, L'opera completa di Tiziano, Rizzoli, Milano 1969.
(イタリア語) Cecilia Gibellini, Tiziano, collana I Classici dell'arte, Rizzoli, Milano 2003.

外部リンク

* ナショナル・ギャラリー (ワシントン) 公式サイト、ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『ラヌッチョ・ファルネーゼの肖像』

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