リチャード・アプトン・ピックマン

ボストンの怪奇画家、リチャード・アプトン・ピックマン

リチャード・アプトン・ピックマンは、H・P・ラヴクラフトが創造したクトゥルフ神話の主要な登場人物の一人であり、その独特の画風と謎めいた失踪で知られる架空の画家です。ラヴクラフトの代表作の一つである『ピックマンのモデル』で初登場し、その後も他の作品に幾度か登場することで、クトゥルフ神話における存在感を増していきます。

画家としてのピックマン

ピックマンは、ゴヤやドレといった巨匠の影響を受けた新古典主義、幻想画家として描かれています。彼の画力は高く評価されるものの、その作品は極めて異様なものでした。人間の想像をはるかに超えた怪奇、特にグール（死体あさりをする怪物）を描いた作品は、見る者の精神に深い闇を突き刺すような衝撃を与えます。そのため、ボストンの画壇では孤立し、仲間からも距離を置かれていました。

彼はボストン・ノースエンドの貧民街にある古びた建物の地下室をアトリエとして使用していました。そこには奇妙な古い煉瓦造りの井戸があり、その不気味な雰囲気は、彼の画業に暗い影を落としていたのかもしれません。

彼の代表作には、『食事をする食屍鬼』、『教え』、『地下鉄の事件』、『マウント・オーバンに葬られたホームズ、ロウエル、ロングフェロー』などがあります。これらはどれも、グールの生々しい描写や、人間の死生観を揺るがすようなモチーフを用いた衝撃的な作品です。

ピックマンの系譜と失踪

ピックマン家には暗い歴史があります。彼の家系はセイレムの古い家に遡り、先祖の中には1692年に絞首刑になった魔女がいたとされています。さらに、16世紀のギリシャ語版『ネクロノミコン』を所有していたという噂も伝えられていますが、ピックマンの失踪後はその所在は確認されていません。

1926年、ピックマンは突如としてアトリエから姿を消し、消息不明となりました。彼の失踪は、周囲の人々に大きな衝撃を与え、多くの謎を残しました。

夢の中のピックマン

ラヴクラフトの別の作品『未知なるカダスを夢に求めて』では、夢の国ドリームランドにおいて、グールと化したピックマンが主人公ランドルフ・カーターによって目撃されています。この作品では、時系列の矛盾はありますが、ピックマンはグールの一員として、カーターと共にカダスへと向かう旅に出ます。しかし、カダスにおいてナイアーラトテップの罠に陥り、行方不明になってしまいます。

ピックマンの遺産

ピックマンの失踪後、彼の絵画はセイレムに住む父親によって引き取られました。しかし、彼の絵画はその後も世間に衝撃を与え続け、クトゥルフ神話という枠を超えて、多くの読者、そして芸術家の心を捉え続けています。ピックマンという存在は、ラヴクラフト作品における重要な謎の一つであり、その暗い魅力は現在も人々を惹きつけて止みません。

彼の作品は、単なる絵画を超えた、人間の深層心理をえぐるような、恐ろしいまでにリアルな表現で知られています。そのリアルさ故に、見る者の心に深い恐怖と、同時に、不可解な魅力を与え続けているのです。ピックマン自身、そして彼の絵画は、ラヴクラフト作品における不可欠な要素であり、クトゥルフ神話の世界観を象徴する存在と言えるでしょう。

ラヴクラフトとピックマン

ラヴクラフトは、カニバリズムを重要なテーマとして数多くの作品に取り上げています。そして『ピックマンのモデル』もまた、そのテーマが色濃く反映された作品の一つです。物語は、ピックマンの失踪後に、彼の友人であるサーバーが、エリオットという人物に体験を語るという形で進んでいきます。この一人称から二人称への変化という手法は、ラヴクラフトの作品の中では珍しいものです。

さらに、この作品には、ドレ、ゴヤ、フュースリー、サイム、アンガローラ、クラーク・アシュトン・スミスといった、実在の画家の名前が登場します。これらの名前は、ラヴクラフトが作品にインスピレーションを得たことを示唆しており、彼の創作における多様な影響を垣間見ることができます。また、「完璧に勤勉で科学的なリアリスト」というサーバーによるピックマンの評価は、ダンセイニ卿へのオマージュであると考えられています。

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