リチャード・ファリーニャ

リチャード・ジョージ・ファリーニャ（Richard George Fariña, 1937年 3月8日 - 1966年 4月30日）は、アメリカ合衆国で活躍したフォークシンガー、ソングライター、詩人、そして小説家です。音楽と文学の両分野で独自の才能を開花させましたが、不慮の事故により若くしてその生涯を閉じました。

生い立ちと教育

ファリーニャは、ニューヨーク市のブルックリンで生を受けました。父親はキューバ系、母親はアイルランド系の家庭でした。ブルックリンのフラットブッシュ近郊で育ち、地元の実業高校を卒業した後、奨学金を得て名門コーネル大学に進学します。当初は工学を専攻しましたが、ほどなくして英語学へと転向。大学在学中から文筆活動を開始し、地元や全国的な文芸誌に短編小説を発表しています。コーネルでは、後に著名な作家となるトマス・ピンチョンや、フォークシンガーのピーター・ヤロー（ピーター・ポール&マリー）らと交友を深めました。学生運動への関与を疑われ一時停学処分を受けますが復学。しかし、卒業を目前にした1959年に大学を去ることを選択します。

音楽活動の始まり

マンハッタンへと戻ったファリーニャは、グリニッチ・ヴィレッジにあった詩人やフォークシンガーが集まることで知られる酒場、ホワイト・ホース・タヴァーンの常連となります。ここでフォークミュージシャンのトミー・メケムと友人になり、また、当時すでに名の知られていたフォークシンガー、キャロライン・へスターと運命的な出会いを果たし、わずか18日後に結婚しました。ファリーニャはへスターのマネージャーのような役割を担い、彼女の演奏活動に同行しながら世界各地を旅します。1961年9月には、コロンビア・スタジオで行われたへスターのアルバム録音セッションに立ち会いました。この時、まだ世間にほとんど知られていなかったボブ・ディランがハーモニカ奏者として参加しており、ファリーニャはディランとたちまち親しい友人となります。彼らの深い友情は、デヴィッド・ハイドゥの著書『Positively 4th Street』でも重要なテーマの一つとして描かれています。

ミミ・バエズとの活動

1962年春、ファリーニャはヨーロッパを旅し、そこで著名なフォークシンガー、ジョーン・バエズの妹である当時10代のミミ・バエズと出会います。その後、キャロライン・へスターとの結婚生活に終止符が打たれ、ファリーニャと17歳になったミミは1963年4月に結婚式を挙げます。この時、新郎側の付き添い人を務めたのは、大学時代からの友人であるトマス・ピンチョンでした。夫妻はカリフォルニア州カーメルにある小さなキャビンに居を移し、ギターとアパラチアン・ダルシマーを手に共に楽曲制作に励むようになります。1964年のビッグサー・フォーク・フェスティヴァルで「リチャード＆ミミ・ファリーナ」として観衆の前に立ち、ヴァンガード・レコードとの契約を獲得しました。1965年には、以前ディランの録音に参加した経験を持つギタリスト、ブルース・ラングホーンの協力を得て、ファーストアルバム『Celebrations for Grey Day』をリリース（リリース時の名義はミミ＆リチャード・ファリーニャ）。リチャードの存命中に、夫婦はセカンドアルバム『Reflections in a Crystal Wind』を同年に発表しています。そして、彼の死から2年後の1968年には、未発表音源を収めたサードアルバム『Memories』が発売されました。

音楽性と評価

ボブ・ディランをはじめとする同時代のフォークシンガーたちと同様に、ファリーニャも社会へのメッセージを込めたプロテストソングを数多く発表しており、その中には明確な政治的主張を含む楽曲も見られます。当時の評論家の中には、彼を1960年代を代表するフォークソングの才能の一人として高く評価する声もありました。（音楽ジャーナリストのエド・ワードは、「もしリチャードがあのオートバイ事故で命を落とさなければ、ディランから容易に主導権を奪えただろう」と述べています）。

彼の楽曲で最も広く知られているのは、「Pack Up Your Sorrows」と「Birmingham Sunday」です。「Birmingham Sunday」は義理の姉であるジョーン・バエズによってカバーされ、スパイク・リー監督のドキュメンタリー映画『4 Little Girls』（1963年のバーミンガム教会爆破事件を題材とする）の主題歌として使用されたことで、より多くの人々に聴かれるようになりました。この曲は、2017年にはリアノン・ギデンズのアルバム『Freedom Highway』にも収録されています。

ファリーニャは亡くなる直前、ジョーン・バエズのアルバムをプロデュースしていました。バエズはそのアルバムを最終的にリリースしませんでしたが、その中の2曲はファリーニャの死後に発表された彼のコンピレーションアルバムに収められています。また、ファリーニャがバエズのもう一人の姉妹、ポーリーン・マーデンと共作した「Pack Up Your Sorrows」は、1966年にシングルとしてリリースされ、その後バエズの複数のベストアルバムにも収録されています。

小説家として

ファリーニャは、1966年にランダムハウス社から出版された長編小説『Been Down So Long It Looks Like Up to Me』によって、小説家としてもその名を馳せました。タイトルは、ファリー・ルイスの楽曲「I Will Turn Your Money Green」の一節から採られています。自身の大学生活や旅の経験を下敷きにしたこの作品は、1958年のアメリカ西部、キューバ革命前夜のキューバ、そして大部分がコーネル大学をモデルとした「メンター大学」を舞台に展開されます。主人公グノッソス・パパドポウリスは、無政府主義的な反抗心を持ち、享楽的に人生を謳歌しながら「正しいカルマ」を追い求める青年として描かれています。この作品は、1960年代のカウンターカルチャー文学を語る上で欠かせない古典として、カルト的な人気を博しています。後に自身の代表作『重力の虹』（1973年）をファリーニャに献呈したトマス・ピンチョンは、ファリーニャの小説を「完璧に調和した200人のカズー奏者によるハレルヤ・コーラス」に例え、「陽気で、身も凍るようで、セクシーで、深遠で、マニアックで、美しく、そしてとんでもないことが同時に起こる」と絶賛しました。

突然の死

小説『Been Down So Long It Looks Like Up to Me』の出版からわずか2日後の1966年 4月30日、ファリーニャはカリフォルニア州カーメル・ヴァレー・ヴィレッジにある書店「サンダーバード」でのサイン会に出席しました。その日の夕方、妻ミミの21歳の誕生日パーティーが開かれていた会場で、一台のオートバイが彼の目に留まります。ファリーニャはそのバイクのゲストライダーの後ろに乗せてもらい、カーメル・ヴァレー・ロードを東方向、カチャグア地区へと向かいました。

運転者はS字カーブで車両の制御を失い、バイクは道路の右側で転倒した後、弾かれて反対側に戻り、有刺鉄線のフェンスを突き破って現在の小さなぶどう畑に突っ込みました。運転者は辛うじて命拾いしましたが、ファリーニャは衝突の衝撃により即死でした。トマス・ピンチョンが『Been Down...』の序文で触れている警察の発表によると、事故現場の安全速度が時速30マイル（約48km）であったにもかかわらず、事故を起こしたバイクは時速90マイル（約140km）近い速度で走行していたと推定されています。

リチャード・ファリーニャは、カリフォルニア州モントレーにあるモントレー市営墓地に埋葬されました。彼の墓標は簡素なもので、ピースサインが描かれています。

遺産

リチャード・ファリーニャの短いながらも鮮烈な活動は、後世のアーティストたちに影響を与えています。イギリスのフォークロックバンド、フェアポート・コンヴェンションは1968年に彼の楽曲「Reno, Nevada」を録音し、BBCセッション盤は後にアルバム『ヘイデイ』に収録されました。同バンドのサンディ・デニーは1972年のソロアルバムで「The Quiet Joys of Brotherhood」をカバーしています。イアン・マシューズも自身のソロアルバムで「Reno, Nevada」や他のファリーニャ作品を取り上げています。

南カリフォルニアのロックバンド、A Fragile Tomorrowは、2015年のアルバムでミミ＆リチャードの「One Way Ticket」をジョーン・バエズやインディゴ・ガールズとの共演でカバーしました。このバンドのメンバーであるケリー兄弟は、リチャードのまたいとこにあたります。

ジョーン・バエズの楽曲「Sweet Sir Galahad」は、リチャードの死、未亡人となったミミの悲しみ、そして彼女がやがて立ち直り再婚した出来事を歌ったものです。

また、先述のように、トマス・ピンチョンは自身の傑作『重力の虹』（1973年）をリチャード・ファリーニャに捧げ、彼への深い敬意を示しています。リチャード・バロンも2016年のアルバムで「Pack Up Your Sorrows」をカバーするなど、彼の音楽は現在も歌い継がれています。

多岐にわたる才能を持ちながらも、わずか29歳で命を落としたリチャード・ファリーニャ。彼の残した音楽や小説は、1960年代という激動の時代の精神を今に伝え、多くの人々にインスピレーションを与え続けています。

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