リリック・シアター

リリック・シアター：ロンドンに息づく演劇の殿堂

ロンドンの中心部、ウェストミンスター区のシャフツベリー・アベニューに建つリリック・シアターは、1888年の開場以来、ウェスト・エンドを代表する劇場の一つとして多様な演目を上演し続けてきました。その歴史は、プロデューサーであるヘンリー・レスリーが、自身の軽歌劇のヒット作『Dorothy』で得た莫大な利益を資金源として劇場を建設したことに始まります。建築は、ロンドンの著名な劇場を数多く手がけたC・J・フィップスが担当。当初は1,306席を有していましたが、現在は900席程度に改修されています。赤レンガとポーランド石を用いたルネサンス様式のファサード、そして精巧な彫刻が施された内部装飾は、当時の記録にもその美しさが記されています。

劇場の幕開けは1888年12月17日、『Dorothy』の記念すべき817回目の公演でした。レスリーは開場スピーチで、国内作曲家による作品の上演に注力する意向を示しましたが、続く作品は『Dorothy』ほどの成功を収めることはできず、彼は劇場を手放すことになります。その後、ホレイス・セジャーが経営を引き継ぎ、ミュージカル作品を中心に上演を展開。エドモンド・オードランの『La cigale』の成功などが記録されていますが、全体としては経営難に陥り、セジャーは破産しました。

1894年にはジョージ・エドワーズによるギルバートとカーの喜劇オペラ『His Excellency』が上演されましたが、インフルエンザの影響で短い上演期間に終わります。しかし、ウィリアム・グリートが劇場を手にし、宗教劇『The Sign of the Cross』が大ヒットを記録。普段劇場に足を運ばない層をも取り込み、長期上演を実現しました。その後も1890年代後半はミュージカル作品が再び主流となり、特に『フロラドラ』はロンドン、ニューヨークの両方で成功を収めています。

20世紀に入ると、ジョンストン・フォーブス＝ロバートソンがシェイクスピア作品などを上演し、その『ハムレット』は高く評価されました。その後は再びミュージカル・コメディが続き、『The Duchess of Dantzig』や『The Blue Moon』などが人気を博します。1906年から1910年にかけてはルイス・ウォーラーが劇場を拠点とし、古典喜劇からロマンティック・ドラマまで幅広い演目を上演しました。特に1910年のオスカー・シュトラウスによる『チョコレートの兵隊』は、原作者バーナード・ショーの不満をよそに、大衆に受け入れられロングランを達成しました。

第一次世界大戦期にはミュージカル以外のドラマが中心となり、特異な構成のメロドラマ『On Trial』や、ヨーク公劇場から移されて1000回を超える上演を記録した『Romance』が注目を集めました。1920年代初頭には再びミュージカル・コメディが戻り、『Lilac Time』が600回を超えるロングランとなります。また、この時代の劇場はタルーラ・バンクヘッドの活躍の場ともなり、彼女が出演した多くの作品が成功を収めました。

1930年代から第二次世界大戦終結までの間も、リリック・シアターは質の高い非ミュージカル演劇を上演し続けました。ユージン・オニールの長編劇『奇妙な幕間狂言』や、ドディ・スミスの『Autumn Crocus』などが上演されたほか、アルフレッド・ラントとリン・フォンタン夫妻、ローレンス・オリヴィエ、ラルフ・リチャードソンといった錚々たる俳優陣が出演しました。トーマス・ボストックによる劇場の改築もこの時期に行われています。

戦後、リリック・シアターは再びロングラン作品に恵まれます。テレンス・ラティガンの『ウィンズロウ・ボーイ』や、ナンシー・ミットフォード翻案の『The Little Hut』がヒット。1958年にはミュージカル『あなただけ今晩は』が1500回を超える記録的なロングランを達成しました。1960年代には、ロバート・ブラウニング夫妻を描いたミュージカル『Robert and Elizabeth』も900回以上上演されるなど、引き続きミュージカルが劇場を賑わせました。一方で、ニール・サイモンの『プラザ・スイート』のような現代劇も上演されています。

1970年代は、ピーター・シェイファーの実験的な作品から、アラン・エイクボーンのヒット喜劇『How the Other Half Loves』まで幅広い作品が上演されました。アレック・ギネス、ジョン・ギールグッド、ジョーン・プロウライト、ラルフ・リチャードソンといった名優たちが舞台に立ち、話題を呼びました。特に、ウィリー・ラッセルによるビートルズを題材にしたミュージカル『ジョン、ポール、ジョージ、リンゴ...そしてバート』は、ウエストエンドでは無名のキャストながら成功を収めました。ハロルド・ピンターの『バースデイ・パーティ』のロンドンでの大規模初演もこの劇場で行われています。

1980年代には、アラン・エイクボーンの喜劇やウィリー・ラッセルのミュージカル『ブラッド・ブラザーズ』がロンドンでの成功をスタートさせました。『ブラッド・ブラザーズ』はローレンス・オリヴィエ賞を受賞し、その後のロングランに繋がりました。ジュディ・デンチやマイケル・ウィリアムズ主演の『Pack of Lies』、レオナルド・ロシッターが公演中に亡くなるという出来事があった『戦利品』のリバイバルなども上演されています。1990年代にはキャメロン・マッキントッシュによるミュージカル『ファイブ・ガイズ・ネームド・モー』が長期上演され、レオ・マッカーンの『Hobson's Choice』、独特のダンスショー『タップ・ドッグス』、シアン・フィリップス主演の『マレーネ』などが上演されました。

2000年代以降、劇場は所有者を変更しつつも、多様な演目を上演。ユージン・オニールの『夜への長い旅路』やストリンドベリの『死の舞踏』のリバイバルには、ジェシカ・ラングやイアン・マッケランといった国際的なスターが出演しました。ウディ・ハレルソンが出演した『イグアナの夜』や、ミュージカル『キャバレー』のリバイバルを経て、2009年からはマイケル・ジャクソンのトリビュート公演『Thriller – Live』が長期にわたり上演されました。COVID-19パンデミックによる一時的な閉鎖を経て、劇場はミュージカル『Six』やボブ・マーリーの生涯を描いた『Get Up, Stand Up! The Bob Marley Musical』といった現代のヒット作を上演し、その歴史に新たな章を加えています。

リリック・シアターは、開場から今日まで、軽歌劇から現代劇、シェイクスピア作品から革新的なミュージカルまで、常に演劇の最前線に立ち続け、数多くの伝説的な俳優たちの舞台を育んできた、ロンドンの演劇文化にとって欠かせない存在です。

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