ルツェルン音楽祭
スイス中央部に位置する風光明媚な町、ルツェルンでは、毎年国際的な音楽祭であるルツェルン音楽祭が開催されます。正式名称はルツェルン・フェスティバル（Lucerne Festival）といい、世界を代表するオーケストラや著名な指揮者、一流の演奏家が一堂に会し、年間十万人以上もの音楽愛好家が国内外から集まります。主な会場は、ルツェルン湖畔に建つ複合文化施設「ルツェルン・カルチャーコングレスセンター（KKL）」です。
ルツェルン音楽祭は、単一の音楽祭ではなく、年間を通じて三つの異なる期間に開催される祭典の総称です。春には復活祭の時期に合わせて「OSTERN（イースター祭）」が開催され、主に宗教音楽や交響曲を中心としたプログラムが組まれます。夏には音楽祭のメインとなる「SOMMER（夏祭）」が開催され、特定の作曲家や演奏家、テーマに焦点を当てた企画が行われます。この夏祭では、2003年以降、クラウディオ・アバドの指揮のもと設立されたルツェルン・フェスティバル・オーケストラによるコンサートが呼び物の一つとなっています。秋には「PIANO（ピアノ祭）」が開催され、鍵盤楽器、特にピアノ音楽に特化したプログラムが展開されます。クラシック音楽にとどまらず、ジャズやモダンなど幅広いジャンルから有名ソリストや注目される若手ピアニストが登場します。
ルツェルンの地は、かつてリヒャルト・ワーグナーやセルゲイ・ラフマニノフといった偉大な音楽家が暮らしたゆかりの深い土地です。1910年代には既に小規模な音楽祭が試みられていましたが、ザルツブルクでの音楽祭の隆盛により衰退し、1920年頃には姿を消していました。
現在のルツェルン音楽祭の歴史は、意外なことに政治的な出来事に端を発しています。1938年4月、ナチスによるオーストリア併合によりザルツブルク音楽祭への参加が困難になった音楽家たちがいました。これを受け、ルツェルン市は、新設されたコングレス・ハウスの音楽ホールを活用し、彼らを受け入れて音楽祭を開催することを企画。以前から交流のあったヴァイオリニスト、アドルフ・ブッシュに相談を持ちかけました。ブッシュの呼びかけに応じたアルトゥーロ・トスカニーニをはじめとする著名な音楽家たちの協力のもと、同年夏に第1回国際音楽祭が実現しました。
記念すべき最初のガラ・コンサートは、ワーグナーがコジマのために『ジークフリート牧歌』を作曲・初演した旧ワーグナー邸（現在は博物館）の前の広場で行われました。第1回には、スイス国内の主要オーケストラから優秀な演奏家を集めた特別編成のオーケストラが組織され、トスカニーニが指揮台に立ちました。
翌1939年には、ワーグナーの娘たちも招き、再び旧ワーグナー邸で『ジークフリート牧歌』が演奏されました。当時はスイスに滞在していたブルーノ・ワルターやヴラディーミル・ホロヴィッツ、ルツェルン湖畔に別荘を持っていたラフマニノフ、エトヴィン・フィッシャーなど、多くの国際的な巨匠たちが音楽祭に参加し、盛大に開催されました。
しかし、第3回となるはずだった1940年は、第二次世界大戦の勃発により中止を余儀なくされます。それでも関係者の尽力により、1941年にはヴィクトル・デ・サバタ指揮によるミラノ・スカラ座管弦楽団のコンサートが実現し、音楽祭は再開されます。1944年にはヴィルヘルム・フルトヴェングラーが招かれました。
戦後、ナチスへの協力が疑われ演奏活動を一時停止していたフルトヴェングラーは、1947年8月に再びルツェルンの舞台に戻り、晩年まで毎年出演を続けました。特に1954年、死去の数ヶ月前に行われたフィルハーモニア管弦楽団とのベートーヴェン「第九」の演奏は、放送録音が後にレコード化され、その歴史的な名演が大きなセンセーションを巻き起こしました。
その後もヘルベルト・フォン・カラヤンやフェレンツ・フリッチャイといった時代のトップを走る音楽家たちが次々と登場し、ルツェルン音楽祭は夏の主要な音楽祭としての地位を確立していきました。
1960年代からは、新作の委嘱も積極的に行われるようになり、コダーイ・ゾルターンの交響曲やフランク・マルタンの『トリプティーク』などが委嘱初演されました。特にコダーイの交響曲は、音楽祭の恩人であるトスカニーニに捧げられ、コダーイの弟子で音楽祭にも度々登場していたフリッチャイが初演しています。
1970年以降は、毎年特定のテーマを設定し、それに沿ったプログラミングを展開するようになります。特定の作曲家、楽派、国などに焦点を当てることで、興味深いコンサートシリーズが企画されました。
1999年からはグスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団がレジデンス・オーケストラに指名されるなど、若い音楽家の育成にも力を入れています。2003年にはルツェルン音楽祭アカデミーを設立し、ピエール・ブーレーズが音楽監督を務めるなど、世界の才能ある若手音楽家が集い、現代音楽を中心に学ぶ機会を提供しています。近年はコンポーザー・レジデンスとして細川俊夫らが招かれるなど、新しい音楽の創造と紹介にも積極的です。
近年、2022年のロシアによるウクライナ侵攻を受け、ルツェルン音楽祭はヴェルビエ音楽祭などと共に公式声明を発表。侵略行為を非難し、プーチン大統領を公に支持する音楽家の出演をキャンセルする一方、戦争を支持しない音楽家への支援を継続する方針を示しました。これにより、同年夏に予定されていたヴァレリー・ゲルギエフ指揮のマリインスキー劇場管弦楽団やピアニストのデニス・マツーエフの公演が中止となりました。
このように、ルツェルン音楽祭は、その豊かな歴史と伝統を重んじつつ、常に新しい音楽の可能性を探求し、社会情勢にも対応しながら、世界の音楽シーンを牽引し続けています。
ルツェルン音楽祭は、単一の音楽祭ではなく、年間を通じて三つの異なる期間に開催される祭典の総称です。春には復活祭の時期に合わせて「OSTERN（イースター祭）」が開催され、主に宗教音楽や交響曲を中心としたプログラムが組まれます。夏には音楽祭のメインとなる「SOMMER（夏祭）」が開催され、特定の作曲家や演奏家、テーマに焦点を当てた企画が行われます。この夏祭では、2003年以降、クラウディオ・アバドの指揮のもと設立されたルツェルン・フェスティバル・オーケストラによるコンサートが呼び物の一つとなっています。秋には「PIANO（ピアノ祭）」が開催され、鍵盤楽器、特にピアノ音楽に特化したプログラムが展開されます。クラシック音楽にとどまらず、ジャズやモダンなど幅広いジャンルから有名ソリストや注目される若手ピアニストが登場します。
歴史
ルツェルンの地は、かつてリヒャルト・ワーグナーやセルゲイ・ラフマニノフといった偉大な音楽家が暮らしたゆかりの深い土地です。1910年代には既に小規模な音楽祭が試みられていましたが、ザルツブルクでの音楽祭の隆盛により衰退し、1920年頃には姿を消していました。
現在のルツェルン音楽祭の歴史は、意外なことに政治的な出来事に端を発しています。1938年4月、ナチスによるオーストリア併合によりザルツブルク音楽祭への参加が困難になった音楽家たちがいました。これを受け、ルツェルン市は、新設されたコングレス・ハウスの音楽ホールを活用し、彼らを受け入れて音楽祭を開催することを企画。以前から交流のあったヴァイオリニスト、アドルフ・ブッシュに相談を持ちかけました。ブッシュの呼びかけに応じたアルトゥーロ・トスカニーニをはじめとする著名な音楽家たちの協力のもと、同年夏に第1回国際音楽祭が実現しました。
記念すべき最初のガラ・コンサートは、ワーグナーがコジマのために『ジークフリート牧歌』を作曲・初演した旧ワーグナー邸（現在は博物館）の前の広場で行われました。第1回には、スイス国内の主要オーケストラから優秀な演奏家を集めた特別編成のオーケストラが組織され、トスカニーニが指揮台に立ちました。
翌1939年には、ワーグナーの娘たちも招き、再び旧ワーグナー邸で『ジークフリート牧歌』が演奏されました。当時はスイスに滞在していたブルーノ・ワルターやヴラディーミル・ホロヴィッツ、ルツェルン湖畔に別荘を持っていたラフマニノフ、エトヴィン・フィッシャーなど、多くの国際的な巨匠たちが音楽祭に参加し、盛大に開催されました。
しかし、第3回となるはずだった1940年は、第二次世界大戦の勃発により中止を余儀なくされます。それでも関係者の尽力により、1941年にはヴィクトル・デ・サバタ指揮によるミラノ・スカラ座管弦楽団のコンサートが実現し、音楽祭は再開されます。1944年にはヴィルヘルム・フルトヴェングラーが招かれました。
戦後、ナチスへの協力が疑われ演奏活動を一時停止していたフルトヴェングラーは、1947年8月に再びルツェルンの舞台に戻り、晩年まで毎年出演を続けました。特に1954年、死去の数ヶ月前に行われたフィルハーモニア管弦楽団とのベートーヴェン「第九」の演奏は、放送録音が後にレコード化され、その歴史的な名演が大きなセンセーションを巻き起こしました。
その後もヘルベルト・フォン・カラヤンやフェレンツ・フリッチャイといった時代のトップを走る音楽家たちが次々と登場し、ルツェルン音楽祭は夏の主要な音楽祭としての地位を確立していきました。
1960年代からは、新作の委嘱も積極的に行われるようになり、コダーイ・ゾルターンの交響曲やフランク・マルタンの『トリプティーク』などが委嘱初演されました。特にコダーイの交響曲は、音楽祭の恩人であるトスカニーニに捧げられ、コダーイの弟子で音楽祭にも度々登場していたフリッチャイが初演しています。
1970年以降は、毎年特定のテーマを設定し、それに沿ったプログラミングを展開するようになります。特定の作曲家、楽派、国などに焦点を当てることで、興味深いコンサートシリーズが企画されました。
1999年からはグスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団がレジデンス・オーケストラに指名されるなど、若い音楽家の育成にも力を入れています。2003年にはルツェルン音楽祭アカデミーを設立し、ピエール・ブーレーズが音楽監督を務めるなど、世界の才能ある若手音楽家が集い、現代音楽を中心に学ぶ機会を提供しています。近年はコンポーザー・レジデンスとして細川俊夫らが招かれるなど、新しい音楽の創造と紹介にも積極的です。
近年、2022年のロシアによるウクライナ侵攻を受け、ルツェルン音楽祭はヴェルビエ音楽祭などと共に公式声明を発表。侵略行為を非難し、プーチン大統領を公に支持する音楽家の出演をキャンセルする一方、戦争を支持しない音楽家への支援を継続する方針を示しました。これにより、同年夏に予定されていたヴァレリー・ゲルギエフ指揮のマリインスキー劇場管弦楽団やピアニストのデニス・マツーエフの公演が中止となりました。
このように、ルツェルン音楽祭は、その豊かな歴史と伝統を重んじつつ、常に新しい音楽の可能性を探求し、社会情勢にも対応しながら、世界の音楽シーンを牽引し続けています。
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