ルース・ギップス

ルース・ギップス（Ruth Gipps, 1921年 2月20日 - 1999年2月23日）は、20世紀のイギリスを代表する女性作曲家であり、ピアニスト、オーボエ奏者、そして指揮者としても活躍しました。

才能の萌芽と初期のキャリア

ギップスは幼い頃から音楽的才能に恵まれ、「神童」として注目を集めました。演奏コンテストでは、参加者の中で最年少ながら優勝を果たすなど、その実力は早くから認められていました。わずか8歳の時には、ある音楽祭で自作曲を披露し、その作品は出版社によって買い上げられるという経験をしています。その後、ヘイスティングス市立オーケストラの協奏曲コンテストでの優勝を機に、彼女の演奏家としての道が本格的に開かれました。

音楽教育と重要な出会い

1936年、ギップスは名門である王立音楽大学に入学し、音楽理論、作曲、ピアノ、オーボエといった多岐にわたる分野を深く学びました。在学中には、彼女が作曲したいくつかの作品が初めて演奏されています。その後、ダラム大学へと移籍し、さらに研鑽を積みました。これらの教育機関では、当時のイギリス音楽界を牽引したゴードン・ジェイコブやレイフ・ヴォーン・ウィリアムズといった高名な作曲家や指導者に師事し、大きな影響を受けました。また、この時期に、後に夫となるクラリネット奏者のロバート・ベーカーと出会っています。

演奏活動からの転換

ギップスは、ピアニストおよびオーボエ奏者としてソリストを務めるほどの熟練した演奏技術を持ち合わせていると同時に、意欲的な作曲家でもありました。まさに多才な音楽家でしたが、33歳という比較的若い年齢で手にけがを負い、残念ながら演奏活動を続けることが困難となりました。この出来事は彼女のキャリアにおける大きな転機となり、以降は指揮と作曲の分野にその情熱のすべてを注ぐことを決意しました。

作曲家としての円熟

作曲家ギップスのキャリアにおける重要な節目となったのは、1946年に初演された《交響曲第2番作品30》です。この作品には、彼女が作曲家として円熟期へと入っていく過程が見て取れます。ギップスの音楽は、楽器の音色を巧みに組み合わせるオーケストレーションが特徴です。セリエル音楽や十二音技法といった、当時の現代音楽における前衛的な手法を用いることはなく、しばしば師であるヴォーン・ウィリアムズの影響が指摘されるように、より伝統的な音楽語法に基づいていました。彼女自身は、数多くの作品の中でも、特に5曲の交響曲を自身の最大の功績であると考えていました。

男性優位の音楽界での闘い

ギップスのキャリアの初期は、作曲家、教師、評論家、そして指揮者といった音楽界の主要な分野において、男性が圧倒的に優位な状況でした。彼女は、そうした環境における女性に対する差別意識に大きく直面することになります。例えば、長年の友人であった指揮者ジョージ・ウェルドンがバーミンガム市交響楽団のポストを離れた際、「女性の指揮者は見苦しい」という偏見のために、ギップスは後任候補として検討されることすらありませんでした。こうした経験は彼女に強い反発心と、作品を通じて自身の才能を証明しようという揺るぎない決意をもたらしました。

音楽団体設立と教育活動

ギップスは、次世代の音楽家たちの育成や、新たな音楽の振興にも力を注ぎました。1955年には、若いプロの音楽家たちが多様なジャンルの音楽に触れる機会を提供するための団体、ロンドン・レパートリー・オーケストラを設立しました。さらに1961年には、存命中の作曲家の作品を積極的に取り上げ、しばしば世界初演を含む公演を行うプロフェッショナルなアンサンブル、チャンティクリーア・オーケストラを立ち上げています。また、教育者としても献身的に活動し、ロンドンのトリニティ音楽カレッジ（1959年 - 1966年）、王立音楽大学（1967年 - 1977年）、そしてキングストン工芸学校で教鞭を執り、多くの後進を指導しました。

晩年

精力的な活動を続けたギップスでしたが、晩年は健康状態が悪化しました。癌と卒中による闘病生活の末、1999年2月23日に78歳でその生涯を閉じました。

ギップスの作品は、今日でも演奏される機会があり、イギリス音楽史におけるその貢献は再評価が進んでいます。また、ゴードン・ジェイコブに共に師事した作曲家マルコム・アーノルドは、彼女への敬意を示す作品として《ギップスの主題による管弦楽変奏曲》を作曲しています。

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