ゴードン・ジェイコブ

ゴードン・パーシヴァル・セプティマス・ジェイコブ（Gordon Percival Septimus Jacob, 1895年 7月5日 - 1984年 6月8日）は、20世紀のイギリスを代表する作曲家、教育者、理論家の一人です。その名は特に吹奏楽の分野や、楽器演奏教育に貢献した著書によって広く知られています。日本語ではゴードン・ヤコブと表記されることもあります。

生涯

ジェイコブの人生は、そのキャリアが始まる前に終わる寸前という過酷な幕開けとなりました。10人兄弟の末弟として生まれた彼は、19歳で第一次世界大戦に従軍するため野戦砲兵隊に入隊します。1917年に捕虜となった際、所属する800人規模の大隊で生還したのは、彼を含めてわずか60人という極めて少数の兵士でした。この経験は、彼のその後の人生観に大きな影響を与えたと考えられます。

戦後解放されたジェイコブは、当初ジャーナリズムを学びますが、ほどなく中断し、音楽の道へと進みます。ロンドンの王立音楽大学に入学し、作曲、音楽理論、指揮法を修めました。卒業後、1924年から1966年の引退まで、母校である王立音楽大学で教鞭を執り、数多くの後進を育てました。彼の指導を受けた著名な生徒には、イモージェン・ホルスト、バーナード・スティーヴンス、マルコム・アーノルド、ルース・ギップス、マデリーン・ドリング、ジョーゼフ・ホロヴィッツなどがいます。個人的な楽器演奏能力には、口蓋裂や幼少時の手の負傷といった疾患や外傷による制約があり、ピアノは習得したものの、公の場で演奏を披露することはありませんでした。

作曲家としての最初の成功は、学生時代に既に訪れていました。16世紀のイギリスの作曲家ウィリアム・バードのヴァージナル曲を編曲した管弦楽作品《ウィリアム・バード組曲》（William Byrd Suite）です。この作品は後に吹奏楽に編曲され、この版が特に普及しました。1946年には王立音楽大学のフェローに選出され、その後も生涯にわたって、学生や教員のための作品を含む多岐にわたる作曲活動を展開しました。

1930年代には、他の若手作曲家たちと共に、サドラーズ・ウェルズ・バレエ団のためにいくつかの音楽を手がけました。これらの中には《レ・シルフィード》のように既存の作曲家の作品を編曲したものが多かった一方、《リーマスおじさん》（Uncle Remus）のようなオリジナル作品も含まれていました。第二次世界大戦中には、士気高揚を目的としたラジオ喜劇のための軽音楽を作曲し、音楽界のエリート層からは批判を受けることもありましたが、一般大衆からは好評を博しました。また、プロパガンダ映画の音楽もいくつか担当しています。

ジェイコブの評価は1950年代にピークを迎えます。この時期の特筆すべき出来事として、1951年の英国博覧会（Festival of Britain）における彼の作品《祝典のための音楽》（Music for a Festival）の採用、そして1953年のエリザベス2世女王の戴冠式で使用された国歌トランペット・ファンファーレの編曲が挙げられます。

1966年に王立音楽大学を退職した後も、主に委嘱作品を手がけることで生計を維持しました。これらの作品の一部を彼は「控えめな性格の作品群」と形容しましたが、1984年の《ティンパニと吹奏楽のための協奏曲》（Concerto for Timpani and Wind Band）など、後年の作品の中にも代表的なものが生まれています。

私生活では、2度結婚しています。最初の妻シドニー・グレイ（Sidney Gray）とは1924年に結婚しましたが、1958年に死別。翌1959年には、シドニーの姪であるマーガレット・グレイ（Margaret Gray）と再婚しました。マーガレットとは42歳の年齢差がありましたが、2人の子供をもうけました。

彼の生涯は、1959年にケン・ラッセル監督によるBBCのドキュメンタリー番組「ゴードン・ジェイコブ」で記録され、また1995年にはエリック・ウェザレルによる伝記「ゴードン・ジェイコブ：百周年記念伝記」が出版されるなど、後世にもその業績が伝えられています。

音楽スタイルと業績

ジェイコブは、同時代の作曲家たちの中では比較的音楽的に保守的な傾向を持つ人物でした。王立音楽大学ではレイフ・ヴォーン・ウィリアムズやチャールズ・ヴィリアーズ・スタンフォードに師事しましたが、友人たちがロマン派音楽を好むのに対し、彼はより簡潔で明快なバロックや古典派のスタイルに傾倒しました。当時の音楽界で台頭していた無調音楽やセリー音楽といった前衛的な潮流に直面しても、彼は自身の美意識を変えることはありませんでした。

このような保守的な姿勢は、特に前衛音楽が隆盛を極めた1960年代において、彼の作品が時代遅れと見なされる可能性をはらんでいましたが、ジェイコブ自身はそのことをほとんど気にしませんでした。彼は「個人的に、先進的な芸術家たちの知的な俗物根性には不快感を抱いている」「もしメロディが完全に放棄される時が来たならば、あなたは音楽さえもやめてしまうことになるだろう」と述べるなど、メロディの重要性を強調しました。

彼は特に管楽器の扱いに卓越した才能を示し、今日の彼への敬意の多くは、吹奏楽というジャンルへの深い理解と貢献に基づいています。これは、彼自身がコンサートバンドという演奏形態に親しみを持っていたことにも由来します。さらに、彼はほぼ全ての管楽器のために、様々な難易度を持つ独奏曲や室内楽作品、そして教育的なメソッドブックを執筆しました。これらの多くは現在、楽器教育における標準的な教材やレパートリーの一部となっています。

ジェイコブは極めて多作な作曲家でした。1984年に逝去するまでに、4冊の主要な著書や数多くの音楽に関するエッセイに加え、700曲を超える音楽作品を発表しました。その作品は、管弦楽曲、協奏曲、室内楽曲、吹奏楽曲、声楽曲など、幅広いジャンルにわたります。

主な作品

ウィリアム・バード組曲（1924年）
吹奏楽のためのオリジナル組曲（1928年）
交響曲第1番（1928年 - 1929年）
オーボエと弦楽のための協奏曲（1933年）
リーマスおじさん（バレエ, 1934年）
交響曲第2番（1943年 - 1944年）
祝典のための音楽（吹奏楽, 1951年）
チェロと弦楽のための協奏曲（1955年）
ディヴェルティメント（管楽八重奏, 1968年）
テューバと弦楽のための組曲（1972年）
交響曲「西暦78年」（吹奏楽, 1978年）
ティンパニと吹奏楽のための協奏曲（1984年）

主な著書

『管弦楽技法』Orchestral Technique（1931年）
『スコアの読み方』How to Read a Score（1944年）
『作曲家とその芸術』The Composer and his Art（1955年）
『オーケストレーションの要素』The Elements of Orchestration（1962年）

ゴードン・ジェイコブは、その堅実な技法と管楽器への深い理解に基づいた作品、そして教育者としての長年の貢献により、イギリス音楽史において確固たる地位を占める人物です。

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