レクイエム (フォーレ)

ガブリエル・フォーレ「レクイエムニ短調作品48」

ガブリエル・フォーレの「レクイエムニ短調作品48」は、彼の全作品の中で最も演奏機会が多い作品であり、レクイエムの傑作として世界中で愛されています。モーツァルト、ヴェルディのレクイエムと並び、「三大レクイエム」の一つに数えられることもあります。この作品は、フォーレの音楽活動の中期を代表する作品として位置づけられ、約40分の演奏時間で、その深遠な音楽世界を堪能することができます。

作曲の背景

作曲の動機として、フォーレの父親と母親の死去が挙げられることがありますが、フォーレ自身のスケッチによると、1887年秋には作曲に着手しており、母親の死が直接的な動機ではないと考えられます。フォーレは、「私のレクイエムは、特定の人物や事柄を意識して書いたものではない」と述べており、楽しみのために作曲したとも言及しています。また、初演時には、その斬新さから寺院の司祭に叱責されたり、「死の恐ろしさが表現されていない」「異教徒的」といった批判も受けました。これは、フォーレのレクイエムが、当時のカトリックの死者ミサで必須であった「怒りの日」などを欠き、形式が異なっていたためです。しかし、フォーレは、「死に対する恐怖感を表現していないのではなく、死は苦しみではなく、永遠の至福の喜びに満ちた開放感である」と語っています。

作曲の経過と版の種類

この作品には、いくつかの版が存在します。

第1稿: 1888年1月に初演されたもので、5曲構成でした。編成は、ソプラノ独唱、合唱、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、独奏ヴァイオリン、ハープ、ティンパニ、オルガンでした。
第2稿: 1892年に追加の2曲が加えられ、7曲構成となりました。ホルン、トランペット、トロンボーン、バリトン独唱が加わり、編成が拡大されました。この版は「1893年版」とも呼ばれています。
第3稿: 1900年に初演され、一般的に演奏されている版です。弦五部と木管楽器を備えた二管編成に拡大されました。ただし、このオーケストレーションは、フォーレ自身ではなく、弟子のジャン・ロジェ＝デュカスによるものではないかという説もあります。

近年では、フォーレの純粋な構想を復元する試みが行われており、第2稿については、ジョン・ラター校訂版とネクトゥ/ドラージュ版の2種類が発表されています。

楽器編成

最も演奏頻度の高い第3稿の楽器編成は以下の通りです。

フルート 2
クラリネット 2
ファゴット 2
ホルン 4
トランペット 2
トロンボーン 3
ティンパニ
ハープ 1
オルガン
ヴァイオリン
ヴィオラ
チェロ
コントラバス

オーボエは編成に含まれていません。また、ヴァイオリンは、特定の曲を除き、第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリンの区別がありません。

声楽の選択

演奏にあたっては、「ピエ・イェス」の独唱を女声ソプラノにするかボーイソプラノにするか、合唱を女声合唱にするか少年合唱にするかという選択があります。当時のマドレーヌ寺院では、女性が合唱団に加わることは許されていなかったため、ボーイソプラノが使用されていましたが、演奏面から、ボーイソプラノには難しいという指摘もあります。そのため、教会風の雰囲気を重視する場合はボーイソプラノと少年合唱、演奏会での表現性を重視する場合は女声ソプラノと女声合唱が選択されることが多いようです。

楽曲構成

全7曲からなり、第4曲「ピエ・イェス」を中心とした対称的な配置が特徴的です。各曲では、いくつかの動機が共通して使用されており、関連づけられています。

1. 第1曲イントロイトゥスとキリエ: ニ短調。オーケストラのユニゾンによる重々しい主音で始まり、分散和音線を基調としたテノール、変ロ長調に転じた甘美なソプラノ、フォルティッシモの合唱へと続きます。
2. 第2曲オッフェルトリウム: ロ短調。カノン風のオ・ドミネの部分と、バリトン独唱によるホスティアス、そして清澄なアーメンコーラスで構成されています。
3. 第3曲サンクトゥス: 変ホ長調。弦とハープの分散和音とヴァイオリンのオブリガートを伴い、ソプラノとテノールが互いに歌い交わしながら、感動的なオザンナの部分へと達します。
4. 第4曲ピエ・イェズ: 変ロ長調。ソプラノ独唱で、オーケストラは独唱の余韻のように寄り添います。
5. 第5曲アニュス・デイ: ヘ長調。弦による優雅な主題に乗ってテノールが歌い、中間部では聖体拝領唱からLux aeternaの部分が挿入され、幻惑的な転調を見せます。クライマックスでは、第1曲「入祭唱」の冒頭部分が再現されます。
6. 第6曲リベラ・メ: ニ短調。低弦のピチカートが特徴的なオスティナートリズムの上にバリトン独唱が歌います。中間部では劇的な展開を見せ、Dies irae, dies illaでは激しく歌われます。最後に、合唱がユニゾンで幅広く歌う部分が印象的です。
7. 第7曲イン・パラディスム: ニ長調。「楽園へ」を意味し、オルガンの浮遊感あふれる音型に乗ってソプラノが歌います。

まとめ

フォーレのレクイエムは、死の恐怖ではなく、安らぎと永遠の至福を表現した作品であり、その美しい旋律と構成は、多くの聴衆を魅了し続けています。さまざまな版や演奏形態が存在しますが、どの版もフォーレの音楽的な才能と、死に対する独特な解釈を反映しており、聴く人々に深い感動を与えます。

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