レクイエム (ベルリオーズ)

エクトル・ベルリオーズのレクイエム：死者のための壮大なミサ曲

エクトル・ベルリオーズの『レクイエム』（正式名称：死者のための大ミサ曲ト短調作品5）は、1837年に作曲された彼の代表作の一つです。伝統的なレクイエムのテキストに基づいていますが、4群のバンダを含む巨大な編成を用いることで、他に類を見ない壮大かつ劇的な音楽となっています。

作曲の経緯

この作品は、1837年3月末にフランス政府から依頼されたことがきっかけで作曲されました。7月革命の犠牲者と、1835年のルイ・フィリップ王暗殺未遂事件の犠牲者のための慰霊祭で演奏するレクイエムとして、ベルリオーズに作曲が依頼されたのです。当時33歳とまだ若手だったベルリオーズへのこの依頼は異例でしたが、内務大臣アドリアン・ド・ガスパランが彼を強く推薦したため実現しました。

ベルリオーズは短期間で作曲を完成させるため、自身の旧作「荘厳ミサ曲」の一部を転用し、6月29日には全曲を完成させました。しかし、この年の革命記念式典は縮小され、予定されていた『レクイエム』の演奏は中止となってしまいます。初演に向けて準備を進めていたベルリオーズは、資金繰りに苦労しましたが、アルジェリア戦争で戦死した将軍シャルル＝マリー・ドニ・ド・ダムレモンらの追悼式典で演奏されるよう尽力し、同年12月5日に陸軍主催の追悼式にて、フランソワ・アブネックの指揮で初演されました。その後、1838年に出版され、1852年と1867年には改訂が行われています。

編成

この作品の編成は非常に大規模で、アンヴァリッド礼拝堂の空間を意識して、合唱や主となるオーケストラの他に、金管楽器のバンダを四方に配置しています。編成は以下の通りです。

テノール独唱
混声6部合唱（ソプラノ2部：80人、テノール2部：60人、バス2部：60人）
オーケストラ：フルート4、オーボエ2、コーラングレ2、クラリネット4、バスーン8、ホルン12、ティンパニ8対（奏者10人）、大太鼓2、タムタム4、シンバル10対、弦五部（第1ヴァイオリン25、第2ヴァイオリン25、ヴィオラ20、チェロ20、コントラバス18以上）
バンダ1：コルネット4、トロンボーン4、チューバ2
バンダ2：トランペット4、トロンボーン4
バンダ3：トランペット4、トロンボーン4
バンダ4：トランペット4、トロンボーン4、オフィクレイド4

曲の大半は混声6部合唱とオーケストラによって演奏されますが、アルト合唱とテノール独唱が入るのは「サンクトゥス（聖なるかな）」の「ホザンナ」以外の部分のみです。バンダは「怒りの日」に続く「妙なるラッパ」と「涙の日」で使用されます。対照的に「われを探し求め」は無伴奏で歌われ、「賛美の生贄」では弱音で奏されるバンダのトロンボーンとフルートが伴奏を担います。このように、各曲によって編成の規模が異なり、ダイナミックレンジが広いのが特徴です。人数は相対的に記されていますが、場所が許せば合唱を2～3倍に増やし、オーケストラも比例して増やすことが推奨されています。ただし、合唱が700人、800人を超える場合は、「怒りの日」「妙なるラッパ」「涙の日」のみ全員で歌い、残りの楽章は400人程度で歌うことが提案されています。

楽曲構成

テキストはレクイエム固有文に基づいていますが、「ベネディクトゥス」は省略され、代わりに「サンクトゥス」が繰り返して演奏されます。全曲の演奏時間は約1時間25分です。

1. 入祭唱とキリエ（Introit et Kyrie）: 第2ヴァイオリンとヴィオラの上昇音型で始まり、管楽器が加わります。やがて、バスが「主よ、永遠の安息を」と歌い始めます。
2. 続唱（Séquence）:
怒りの日（Dies Irae）: チェロとコントラバスによって《怒りの日》の主題が奏でられます。ソプラノが歌い始め、後半は最後の審判を告げる《妙なるラッパのひびき》へと続きます。
そのとき憐れなるわれ（Quid sum miser）: 合唱は男声のみとなり、オーケストラも限定された編成となります。《怒りの日》の動機が使われています。
恐るべき御稜威の王（Rex tremendae）: バンダが活躍します。
われを探し求め（Quaerens me）: オーケストラは演奏せず、無伴奏の合唱が歌います。
涙の日（Lacrymosa）: オーケストラの演奏のもと、合唱が「かの日こそ涙の日」とシンコペーションのリズムを伴う旋律を歌います。バンダが活躍します。
3. 奉献唱（Offertoire）:
主イエス・キリストよ（Domine Jesu Christe）: 最後はアーメンの祈りで終わります。
賛美の生贄（Hostias）: 弦合奏の後、四部合唱が「賛美の生贄と祈り」と無伴奏で歌います。
4. 聖なるかな（Sanctus）: テノール独唱が登場します。
5. 神羊誦と聖体拝領唱（Agnus Dei et Communion）: バンダが活躍します。これまでに出てきた「賛美の生贄」と「入祭唱とキリエ」の一部分が再び用いられ、最後に弦のピチカート、管楽器、ティンパニの弱奏のもと、静かに全曲を終えます。

主な録音・録画

数多くの録音と録画が存在しており、指揮者や演奏団体によって様々な解釈が楽しめます。

脚注

本稿は以下の資料を参考に作成しました。

『作曲家別名曲解説ライブラリー19 ベルリオーズ』、 音楽之友社
『回想録』ベルリオーズ (著), 丹治恒次郎 (訳)、白水社
『ベルリオーズとその時代 (大作曲家とその時代シリーズ)』 ヴォルフガング・デームリング(著)、 池上純一(訳)、西村書店
『ロマン派の音楽 (プレンティスホール音楽史シリーズ) 』 R.M. ロンイアー (著)、 村井 範子 (訳)、 佐藤馨 (訳)、松前紀男 (訳)、 藤江効子 (訳)、 東海大学出版会
『グラウト西洋音楽史(下) 』D・J・グラウト（著）、服部幸三、戸口幸策（訳）、音楽之友社

外部リンク

曲の解説
同曲のティンパニについて
Overview of the Requiem including history, a description of the movements, and the complete text - ウェイバックマシン
Requiemの楽譜 - 国際楽譜ライブラリープロジェクト
choralwiki:Grande messe des morts, H 75 (Hector Berlioz)
"The Berlioz Requiem - Pre-Concert Talk", lecture by David Cairns at Gresham College on 12th July 2007
ベルリオーズ：レクィエム - オペラ対訳プロジェクト

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