レチノイド
レチノイド（Retinoid）は、ビタミンAに由来するか、あるいは化学構造や機能がビタミンAに類似する化合物の総称です。天然に存在するビタミンA誘導体だけでなく、人工的に合成された物質も含まれます。
レチノイドは体内で主にレチノイド結合タンパク質や核内にあるレチノイド受容体に結合することで、細胞の増殖や分化に関わる遺伝子の働きを調節します。これにより、様々な生理的な効果を発揮します。また、皮膚においては紫外線から保護する作用や、色素沈着を軽減する作用も報告されています。
レチノイドは構造や特性に基づいていくつかの世代に分類されます。
第一世代: 天然に存在する非芳香族化合物で、レチノール、レチナール、イソトレチノイン、アリトレチノインなどがあります。
第二世代: モノ環芳香族化合物で油に溶けやすい性質を持ち、アシトレチンやその代謝物であるエトレチナートが含まれます。エトレチナートは1972年に内服薬として初めて使用され、体内での半減期が長い特徴があります。
第三世代: 多環芳香族化合物で、アダパレン、タザロテン、ベキサロテンなどが該当します。第三世代の一部は、従来のトレチノインが太陽光や特定の薬剤（ニキビ治療に使われる過酸化ベンゾイルなど）によって分解されやすかった点に対し、安定性が改良されています。
天然由来のレチノイドとしてはレチノール、パルミチン酸レチノール、酢酸レチノール、トレチノイン、イソトレチノイン、アリトレチノインなどがあり、合成されたものにはアダパレンやタザロテンがあります。
レチノイドは様々な皮膚疾患や一部の悪性腫瘍の治療薬として承認されています。
ニキビ（尋常性痤瘡）: 外用薬としてトレチノイン、タザロテン、アダパレンが、内服薬としてイソトレチノインが承認されています。特にトレチノインは1969年から使用されており、細胞の増殖や分化を促進することで効果を発揮します。
光老化: トレチノインやタザロテンの外用薬が、紫外線による皮膚の老化（細かいシワ、色素沈着、たるみなど）の改善に効果があることが臨床試験で示されています。
手湿疹: アリトレチノインは、ステロイド外用薬で効果が見られない重症の慢性手湿疹に対し、欧州で承認されています（18歳未満には推奨されません）。
皮膚T細胞性リンパ腫: ベキサロテンがこの治療に承認されています。
乾癬・角化症: エトレチナート（日本ではチガソンとして承認）が使用されています。ただし、後述の副作用から、先進国では日本での使用が中心となっています。
急性前骨髄性白血病（APL）: オールトランスレチノイン酸（ATRA、ベサノイド）が第一選択薬として、タミバロテン（アムノレイク）が第二選択薬として開発され、日本でも承認されています。
医療用以外では、アンチエイジングを目的として化粧品に配合されることが一般的です。処方箋なしで購入できるレチノイドとして、レチノール、パルミチン酸レチノール、酢酸レチノール、レチナール、ヒドロキシピナコロンレチノアートなどがあります。
レチノールはトレチノインほど強力ではありませんが、刺激も比較的少ないとされています。日本でも、純粋レチノールがシワ改善効果の効能表示成分として承認されています。レチノールやレチノイン酸の外用により、皮膚の厚みが増加し、これは理論的にシミ対策にもつながると考えられています。ただし、トレチノイン以外のレチノイドの光老化に対する科学的証拠は、トレチノインほど多くはないのが現状です。
レチノイドの刺激性は、一般的にレチノイン酸が最も強く、次いでレチノール、レチナールや酢酸レチノール、パルミチン酸レチノールの順とされます。安定性が高く刺激の少ないパルミチン酸レチノールや、より刺激が抑えられたレチナール、ヒドロキシピナコロンレチノアートなどの新しい誘導体も開発されています。
レチノイドの使用にあたっては、その効果と引き換えにいくつかの副作用や注意点があります。
レチノイド反応（ビタミンA反応）: 外用薬を使用する際によく見られる皮膚の刺激反応です。初期段階で乾燥、痒み、赤み（紅斑）、皮膚の皮むけ（落屑）などが起こることがあります。これは皮膚がレチノイドに慣れていないために起こり、徐々に使用量や頻度を調整することで軽減されることが多いです。刺激が強いトレチノインやタザロテンでより起こりやすく、アダパレンなどの第三世代レチノイドでは受容体への選択性によりこの反応が軽減されています。敏感肌の場合、少量から始めたり、塗布時間を短くすることも推奨されます。光ダメージによりレチノイド受容体が減少していると反応が出やすいと考えられています。
光感受性: レチノイド外用薬、特に使用開始初期には皮膚が紫外線に対して敏感になることがあります。過剰な日光への曝露を避け、日焼け止めを併用することが推奨されます。数ヶ月の使用で光感受性が正常に戻る場合もあります。
催奇形性: レチノイド内服薬における最大の懸念事項です。米国では胎児危険度分類で最もリスクの高い「X」に分類されており、妊婦への使用は固く禁じられています。特にエトレチナートは脂溶性が高く体内に長期間留まるため、服用後最低2年間は男女ともに妊娠につながる性行為や献血を避ける必要があります。これらの内服薬は「劇薬」に指定されており、処方には医師による詳細な説明と同意、場合によっては妊娠検査が必要です。
レチノイン酸症候群: 高濃度のレチノイン酸を内服する際に起こりうる重篤な副作用です。呼吸不全などの症状が見られることがあり、緊急時対応が可能な医療施設や化学療法に精通した医師の管理下で使用する必要があります。
精神的な影響: イソトレチノイン内服薬とうつ病などの気分変動との関連が指摘され、製品ラベルにも記載されるようになりましたが、ニキビという疾患自体が自己肯定感に影響を与えることから、関連性についてはさらなる大規模な比較試験での解明が求められています。
化学的安定性: 改良される前のレチノイドは紫外線によって分解されやすいため、効果を保つために夜の使用が推奨されることがあります。
皮膚に塗布されたレチノールは、酸化されてレチナールとなり、さらにレチノイン酸へと変化します。ただし、皮膚では主にレチノールやレチナールはエステル化されてパルミチン酸レチノール（レチニルステル）などの貯蔵形態に変換されやすく、生物学的に活性の高いレチノイン酸に変換されるのはごく少量です。
レチノイドは、その強力な作用から様々な疾患治療や美容に活用される一方で、適切な知識と注意深い理解と管理のもとで使用することが非常に重要です。
Khalil S, Bardawil T, Stephan C, et al. (December 2017). “Retinoids: a journey from the molecular structures and mechanisms of action to clinical uses in dermatology and adverse effects”. J Dermatolog Treat (8): 684–696. doi:10.1080/09546634.2017.1309349. PMID 28318351.
* デスモンド・フェルナンデス『Dr.フェルナンデスのスキンケアのすべて 世界70ヶ国以上の人から愛される美容の真実』幻冬舎、2011年。ISBN 978-4-344-99796-7。
関連人物として、高瀬幸子氏が挙げられます。
作用の仕組み
レチノイドは体内で主にレチノイド結合タンパク質や核内にあるレチノイド受容体に結合することで、細胞の増殖や分化に関わる遺伝子の働きを調節します。これにより、様々な生理的な効果を発揮します。また、皮膚においては紫外線から保護する作用や、色素沈着を軽減する作用も報告されています。
種類と分類
レチノイドは構造や特性に基づいていくつかの世代に分類されます。
第一世代: 天然に存在する非芳香族化合物で、レチノール、レチナール、イソトレチノイン、アリトレチノインなどがあります。
第二世代: モノ環芳香族化合物で油に溶けやすい性質を持ち、アシトレチンやその代謝物であるエトレチナートが含まれます。エトレチナートは1972年に内服薬として初めて使用され、体内での半減期が長い特徴があります。
第三世代: 多環芳香族化合物で、アダパレン、タザロテン、ベキサロテンなどが該当します。第三世代の一部は、従来のトレチノインが太陽光や特定の薬剤（ニキビ治療に使われる過酸化ベンゾイルなど）によって分解されやすかった点に対し、安定性が改良されています。
天然由来のレチノイドとしてはレチノール、パルミチン酸レチノール、酢酸レチノール、トレチノイン、イソトレチノイン、アリトレチノインなどがあり、合成されたものにはアダパレンやタザロテンがあります。
医療分野での使用
レチノイドは様々な皮膚疾患や一部の悪性腫瘍の治療薬として承認されています。
ニキビ（尋常性痤瘡）: 外用薬としてトレチノイン、タザロテン、アダパレンが、内服薬としてイソトレチノインが承認されています。特にトレチノインは1969年から使用されており、細胞の増殖や分化を促進することで効果を発揮します。
光老化: トレチノインやタザロテンの外用薬が、紫外線による皮膚の老化（細かいシワ、色素沈着、たるみなど）の改善に効果があることが臨床試験で示されています。
手湿疹: アリトレチノインは、ステロイド外用薬で効果が見られない重症の慢性手湿疹に対し、欧州で承認されています（18歳未満には推奨されません）。
皮膚T細胞性リンパ腫: ベキサロテンがこの治療に承認されています。
乾癬・角化症: エトレチナート（日本ではチガソンとして承認）が使用されています。ただし、後述の副作用から、先進国では日本での使用が中心となっています。
急性前骨髄性白血病（APL）: オールトランスレチノイン酸（ATRA、ベサノイド）が第一選択薬として、タミバロテン（アムノレイク）が第二選択薬として開発され、日本でも承認されています。
美容分野での使用
医療用以外では、アンチエイジングを目的として化粧品に配合されることが一般的です。処方箋なしで購入できるレチノイドとして、レチノール、パルミチン酸レチノール、酢酸レチノール、レチナール、ヒドロキシピナコロンレチノアートなどがあります。
レチノールはトレチノインほど強力ではありませんが、刺激も比較的少ないとされています。日本でも、純粋レチノールがシワ改善効果の効能表示成分として承認されています。レチノールやレチノイン酸の外用により、皮膚の厚みが増加し、これは理論的にシミ対策にもつながると考えられています。ただし、トレチノイン以外のレチノイドの光老化に対する科学的証拠は、トレチノインほど多くはないのが現状です。
レチノイドの刺激性は、一般的にレチノイン酸が最も強く、次いでレチノール、レチナールや酢酸レチノール、パルミチン酸レチノールの順とされます。安定性が高く刺激の少ないパルミチン酸レチノールや、より刺激が抑えられたレチナール、ヒドロキシピナコロンレチノアートなどの新しい誘導体も開発されています。
注意すべき副作用
レチノイドの使用にあたっては、その効果と引き換えにいくつかの副作用や注意点があります。
レチノイド反応（ビタミンA反応）: 外用薬を使用する際によく見られる皮膚の刺激反応です。初期段階で乾燥、痒み、赤み（紅斑）、皮膚の皮むけ（落屑）などが起こることがあります。これは皮膚がレチノイドに慣れていないために起こり、徐々に使用量や頻度を調整することで軽減されることが多いです。刺激が強いトレチノインやタザロテンでより起こりやすく、アダパレンなどの第三世代レチノイドでは受容体への選択性によりこの反応が軽減されています。敏感肌の場合、少量から始めたり、塗布時間を短くすることも推奨されます。光ダメージによりレチノイド受容体が減少していると反応が出やすいと考えられています。
光感受性: レチノイド外用薬、特に使用開始初期には皮膚が紫外線に対して敏感になることがあります。過剰な日光への曝露を避け、日焼け止めを併用することが推奨されます。数ヶ月の使用で光感受性が正常に戻る場合もあります。
催奇形性: レチノイド内服薬における最大の懸念事項です。米国では胎児危険度分類で最もリスクの高い「X」に分類されており、妊婦への使用は固く禁じられています。特にエトレチナートは脂溶性が高く体内に長期間留まるため、服用後最低2年間は男女ともに妊娠につながる性行為や献血を避ける必要があります。これらの内服薬は「劇薬」に指定されており、処方には医師による詳細な説明と同意、場合によっては妊娠検査が必要です。
レチノイン酸症候群: 高濃度のレチノイン酸を内服する際に起こりうる重篤な副作用です。呼吸不全などの症状が見られることがあり、緊急時対応が可能な医療施設や化学療法に精通した医師の管理下で使用する必要があります。
精神的な影響: イソトレチノイン内服薬とうつ病などの気分変動との関連が指摘され、製品ラベルにも記載されるようになりましたが、ニキビという疾患自体が自己肯定感に影響を与えることから、関連性についてはさらなる大規模な比較試験での解明が求められています。
化学的安定性: 改良される前のレチノイドは紫外線によって分解されやすいため、効果を保つために夜の使用が推奨されることがあります。
皮膚における変化
皮膚に塗布されたレチノールは、酸化されてレチナールとなり、さらにレチノイン酸へと変化します。ただし、皮膚では主にレチノールやレチナールはエステル化されてパルミチン酸レチノール（レチニルステル）などの貯蔵形態に変換されやすく、生物学的に活性の高いレチノイン酸に変換されるのはごく少量です。
レチノイドは、その強力な作用から様々な疾患治療や美容に活用される一方で、適切な知識と注意深い理解と管理のもとで使用することが非常に重要です。
参考資料
Khalil S, Bardawil T, Stephan C, et al. (December 2017). “Retinoids: a journey from the molecular structures and mechanisms of action to clinical uses in dermatology and adverse effects”. J Dermatolog Treat (8): 684–696. doi:10.1080/09546634.2017.1309349. PMID 28318351.
* デスモンド・フェルナンデス『Dr.フェルナンデスのスキンケアのすべて 世界70ヶ国以上の人から愛される美容の真実』幻冬舎、2011年。ISBN 978-4-344-99796-7。
関連人物として、高瀬幸子氏が挙げられます。
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