ロシアのウクライナ侵攻における偽情報

ロシア・ウクライナ情報戦：偽情報とプロパガンダの攻防

2022年2月に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、単なる武力衝突にとどまらず、情報戦の様相も呈しています。ロシアとウクライナの両国、そして両陣営を支援する国々は、メディアやソーシャルネットワークを駆使し、自国の主張を正当化し、敵対勢力を貶めるための情報操作を展開しました。

ロシアの偽情報戦略

ロシアは、国家、国営メディア、宣伝活動家、そして「ウェブ旅団」と呼ばれる組織を通じて、偽情報を広範囲に拡散しました。その目的は、侵攻への支持を高め、反対勢力を弱めること、NATOの結束を乱し、西側諸国の不和を煽ること、そして自国の戦争犯罪を隠蔽または否認することでした。ロシアのプロパガンダには、以下のような主要なテーマが見られます。

ウクライナの国民性と国家としての地位の否定

ロシアは、ウクライナの独立国家としての地位と国民としてのアイデンティティを否定し、「小ロシア人」または「三位一体のロシア民族の一部」とみなすプロパガンダを展開しました。プーチン大統領自身も、ウクライナ国民のアイデンティティと国家としての正当性に疑問を呈し、「ウクライナ人がロシア人とは別個の国民であるという考えには歴史的根拠がない」と主張しました。ロシアの公式メディアは、「ウクライナは常にロシアの一部であった」という主張を繰り返しました。この主張は、ウクライナの文化、歴史、言語を抹消し、ロシアの言語と文化を強制しようとする試みと見なされています。

ナチズムの主張

プーチン大統領は、ウクライナ政府をネオナチと虚偽的に主張し、「ウクライナの非ナチ化」を侵攻の目的の一つとしました。ロシアのメディアは、この主張を繰り返し、戦争を正当化しました。しかし、この主張は、ウクライナの大統領がユダヤ人であり、親族にホロコーストの犠牲者がいることから、広く否定されています。歴史家もこの主張を否定し、ウクライナに極右グループが存在することは事実だが、それがロシアの侵攻を正当化するものではないと指摘しました。ロシア政府のナチズムの主張は、国内で戦争への支持を集めるためのプロパガンダの一部であり、ソ連の「大祖国戦争」の継続であるという歴史的な枠組みを利用しています。

ドンバス虐殺疑惑

プーチン大統領は、ウクライナが主にロシア語を話すドンバス地域でジェノサイドを行っていると根拠なく主張しました。この主張は、ロシアの「軍事作戦」の目的は、ロシアが支配するドネツクとルハンシク共和国の「国民を守る」ことだとしています。しかし、この主張には証拠がなく、国際司法裁判所もウクライナによるジェノサイドの証拠は確認していません。実際、ドンバス戦争では多数の死傷者が出ていますが、民間人の死者数は2022年のロシア侵攻前に減少していました。ロシアは、ウクライナ軍がマリウポリで民間目標を攻撃したと偽情報を拡散しましたが、客観的な事実とはかけ離れています。

NATO侵略疑惑

ロシアのプロパガンダは、NATOが侵攻を誘発し、ロシアは自国を守るためにウクライナに侵攻しなければならなかったと主張しました。プーチン大統領は、NATOがウクライナに軍事インフラを構築し、ロシアを脅していると虚偽の主張をしました。しかし、ウクライナはNATO加盟国ではなく、NATOはロシアとの戦争状態にはありません。ロシア政府は、侵攻後にNATO加盟国がウクライナに軍事援助を送ったため、NATOがロシアに対して「代理戦争」を仕掛けていると非難しました。しかし、実際には、NATOはウクライナの自衛権を支持しており、ロシアが侵略を正当化するために作り出したプロパガンダに過ぎません。

暗殺および妨害行為の偽装

ロシアは、ウクライナによる暗殺未遂や妨害行為を捏造し、自国の侵攻を正当化しようとしました。例えば、ロシアに避難する列車を爆破しようとしたという映像や、ポーランド人が塩素タンクの爆破を試みているという映像は、いずれもメタデータや映像分析によって偽造であることが判明しました。

生物・放射性兵器疑惑

ロシアは、ウクライナが米国関連の研究所で生物兵器を開発していると主張しました。しかし、この主張には証拠がなく、ロシア内外の生物学者も「明らかな虚偽」と否定しています。ロシアは、鳥や蚊を利用した生物兵器の存在も主張しましたが、いずれも根拠のない陰謀論に過ぎません。ロシアはまた、ウクライナが「汚い爆弾」を使用する計画を立てていると主張しましたが、これも虚偽であることが判明しています。

ロシア戦争犯罪の否定

ロシアは、自軍による戦争犯罪を否定し、ブチャでの虐殺やマリウポリ劇場への空爆など、多くの事例についてウクライナ側の仕業だと主張しました。しかし、これらの主張は衛星写真や目撃証言によって否定されています。ロシアは、民間インフラへの攻撃も否定しましたが、多数の民間人が死亡し、インフラが破壊されているという事実は否定できません。また、ブチャの虐殺について報じたジャーナリストが禁固刑を言い渡されるなど、ロシア政府は情報統制を強化しています。

その他のロシアの主張

ロシアのプロパガンダは、ウクライナを悪魔崇拝や黒魔術に関与していると非難し、侵攻を「悪魔に対する神聖な戦争」と表現しました。また、ウクライナのゼレンスキー大統領が逃亡したと虚偽の情報を広め、ウクライナ難民に対する反感も煽りました。

ウクライナの情報戦

ウクライナも情報戦を展開し、自国の士気を高め、国際社会からの支持を得ようとしました。

「キーウの幽霊」伝説

侵攻初期に、「キーウの幽霊」と呼ばれるウクライナ人パイロットがロシア戦闘機を多数撃墜したという伝説が広まりましたが、後にこれは架空のものであることが判明しました。

ズミイヌイ島攻撃

ズミイヌイ島でのウクライナ国境警備隊の抵抗物語も、当初は全員が死亡したとされましたが、実際には生存し、捕虜となっていたことが後に判明しました。

ユナイテッドニュースのテレソン

ウクライナのテレビ局は、ユナイテッドニュースというテレソンを通じて情報戦を展開しましたが、その客観性については批判も存在します。

ウクライナ南部の反撃

ウクライナは、南部での反攻作戦を偽情報として利用し、ハルキウ州での実際の攻勢を隠蔽しました。

ロシアの動員に関する虚偽

ウクライナは、ロシアの動員に関する虚偽の情報を拡散し、国内の不和を煽ろうとしましたが、これらの情報も後に偽物であることが判明しました。

その他の偽情報と検閲

トルコの傭兵やRussosphere、偽のランド研究所報告書など、さまざまな偽情報が拡散しました。また、有名人を利用した偽情報や、西側メディアを偽装したニュースも存在しました。ロシアと中国は、国内メディアを厳しく検閲し、自国のプロパガンダを広めようとしました。

情報戦の影響

情報戦は、ロシア国内や国際社会における戦争に対する認識に大きな影響を与えています。若い世代と年配の世代の間で認識の違いが生じ、多くのロシア人が国営メディアのプロパガンダを信じています。一方、中国、インド、インドネシア、アフリカ、アラブ諸国、ラテンアメリカでは、ロシアのプロパガンダに共感を示す人々も存在します。

ロシアの偽情報への対抗

米国務省や欧州連合は、ロシアの偽情報に対抗するための指針を出しました。また、SNSプラットフォームも偽情報の拡散を抑制するための対策を講じています。NAFOのようなオンラインコミュニティは、ミームを通じてロシアのプロパガンダに対抗しています。

まとめ

ロシア・ウクライナ戦争は、情報戦の側面を強く帯びています。偽情報、プロパガンダ、検閲は、戦争の現実を歪曲し、世論を操作する強力なツールとして利用されています。この情報戦を理解することは、戦争の複雑さを把握し、真実を見極める上で不可欠です。

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