ローマによるブリタンニア侵攻 (紀元前55年-紀元前54年)

ローマによるブリタンニア侵攻

ローマによるブリタンニア侵攻は、ユリウス・カエサルがガリア戦役中の紀元前55年と54年の2回にわたり、共和政ローマ軍を率いてブリタンニアに侵攻した出来事です。

侵攻の背景

ブリタンニアは古くから錫の産地として知られ、紀元前5世紀にはカルタゴの航海者ヒミルコ、紀元前4世紀にはギリシアの探検家ピュテアスが訪れたとされています。しかし、その存在は謎に包まれており、存在を否定する著作家もいました。

カエサルが侵攻した当時、ブリタンニアは鉄器時代にあり、人口は約100万人と推定されています。経済・文化は低地と高地に分かれ、南東部の低地は肥沃で交通網が発達していましたが、北部の高地は耕作地が点在し、文化交流も困難でした。大陸との交易は、ローマがガリア・トランサルピナを征服した紀元前124年以降に増加しました。カエサルの報告によると、ベルガエ人がブリタンニア沿岸部に勢力を築き、一部族の王はガリアと同様にブリタンニアでも勢力を持っていました。

第一次侵攻（紀元前55年）

計画と偵察

カエサルは、ガリアの敵対勢力がブリタンニアに入植したこと、ブリタンニア人がガリアの戦闘を支援していたことを理由に、ブリタンニア遠征を決定しました。ブリタンニアと交易のある商人から情報を得ようとしましたが、有益な情報は得られませんでした。そこで、トリブヌスのガイウス・ウォルセヌスに海岸の偵察を命じました。ウォルセヌスはカンティウムの海岸を観察しましたが、上陸はしませんでした。

ローマの侵攻が迫っているという警告を受けたブリタンニアの部族は、使者を送って服従を約束しました。カエサルは、同盟者のコンミウスをローマ側の使者としてブリタンニアへ派遣し、影響下にある部族を増やすよう指示しました。2個軍団を輸送できる80隻の船と、少数の軍船を別の港に集め、8月23日に出航しました。騎兵部隊は後から合流する予定でした。

ブリタンニアへの上陸

カエサルは、ウォルセヌスが示した天然の港であるドゥブリス（ドーバー）への上陸を試みましたが、ブリタンニア軍が崖の上に集結して阻止しようとしたため、断念しました。その後、海岸沿いに約7マイル船を漕ぎ進め、砂浜への上陸を試みました。ブリタンニア軍は騎兵や戦車でローマ軍の上陸に抵抗しましたが、ローマ軍はカタパルトと弩砲による援護射撃を行い、上陸を果たしました。

しかし、騎兵部隊を乗せた輸送船がまだ到着していなかったため、ブリタンニア軍を追跡できませんでした。ローマ軍は陣営を設営しましたが、場所は特定されていません。ブリタンニア側はコンミウスと部族の使節を送り、解放を求めました。カエサルはブリタンニアの指導者たちを非難し、人質と軍隊の解散を要求しました。しかし、後発の騎兵部隊を乗せた輸送船が嵐で散り散りになり、ガリアへ戻ってしまいました。

ブリタンニア軍攻勢

ブリタンニア軍は、交渉を打ち切り、ローマ軍を冬まで釘付けにしようと攻撃を再開しました。食糧を調達していたローマ軍を待ち伏せし、死傷者を出しましたが、カエサル自ら指揮を執る歩兵大隊が駆けつけ、窮地を脱しました。数日後、ブリタンニア軍はさらに大規模な部隊でローマ軍陣営を攻撃しましたが、コンミウスが率いる騎兵部隊によって阻止されました。

講和・帰還

この戦闘を受け、ブリタンニア人は再び使者を送りました。カエサルは以前の交渉で示した倍の人質を要求し、艦船を修理してガリアへの帰路につきました。しかし、2隻の船が本隊から離れ、南へ漂着しました。そこに乗っていたローマ兵は約300名おり、モリニ族に包囲・攻撃されましたが、カエサルの救援によって撃破されました。ブリタンニア側は、カエサルに恐れを抱いた2つの部族だけが人質を送りました。

結局、一度目のブリタンニア遠征は成功とは言えませんでした。元老院はカエサルの報告を受け、20日間の感謝祭を決議しました。カエサルは、ブリタンニアがガリア人を支援していることを侵略の口実としましたが、鉱物資源と経済的な潜在能力を調査するという目的を隠していました。

第二次侵攻（紀元前54年）

再遠征に向けた準備

カエサルは、2度目のブリタンニア遠征に向けて、5個軍団を集め、ウェネティ族の造船技術を活用して軍船・輸送船を設計しました。そして、出航地点を「イティウス港」と命名しました。大陸にはラビエヌスが統括する3個軍団と騎兵2,000を残し、カエサル自身は800隻の船舶、5個軍団と騎兵2,000からなる大軍を率いました。

海峡横断と再上陸

ブリタンニア侵攻が開始される前に、ローマに反逆したハエドゥイ族のドゥムノリクスが殺害される事件が発生しました。カエサルはラビエヌスに、ガリアからの食糧輸送、イティウス港の守備、ガリアの動向監視を命じました。カエサルは、第1次の遠征時に最適な場所と認識していた地点へ上陸しました。ブリタンニア軍は、ローマ軍の艦船の多さと大きさに圧倒されたためか、抵抗しませんでした。

カンティウムでの戦闘

上陸後、カエサルはアトリウスを守備のために残し、夜になると内陸へ12マイル進行し、ストア川を渡っていたブリタンニア軍と遭遇しました。ローマ軍はブリタンニア人の攻撃を撃退し、森の中の要塞化された場所で再編成を試みたブリタンニア軍を再び打ち破りました。しかし、翌朝、艦隊が嵐の影響で深刻な損害を蒙ったという知らせを受け、カエサルは上陸地点まで撤退し、艦船・船舶の修繕に当たりました。

内陸部への侵攻

カッシウェラウヌスは、ブリタンニアのほとんどの部族と戦闘していましたが、トリノウァンテス族の王を打倒し、連合軍の指揮権を得ていました。艦隊の整備に目処をつけ、船団の守備隊を残して、カエサルは軍勢を率いて再びストア川を渡りました。両軍の間で小競り合いが起き、ローマ軍のトリブヌス・ミリトゥムが殺害されました。ブリタンニア軍は、食糧徴発部隊を攻撃しましたが、ローマ騎兵部隊に撃退されました。

カッシウェラウヌスは、正面からの戦闘でカエサルを打ち破ることは出来ないと悟り、ゲリラ戦術を行いました。カエサルは、タメシス川（テムズ川）河畔にまで到着し、カッシウェラウヌスの拠点を攻略しました。トリノウァンテス族はカエサルに援助と食糧を送ることを約束し、カエサルに随伴していたマンドゥブラキウスを王に復帰させました。ケニマグニ、セゴンティアキ、アンカリテス、ビブロキ、カッシの5つの部族はカエサルに降伏しました。彼らはカッシウェラウヌスの本拠のオッピドゥムの場所を示し、カエサルは程なく、このオッピドゥムを包囲下に置きました。

カッシウェラウヌスは、キンゲトリクス、カルウィリウス、タクシマグルス、セゴウァクスの4人の王に、ローマ軍の上陸地点の守備隊を攻撃するように命じましたが、攻め込んだブリタンニア軍は出撃してきたローマ軍に撃退されました。

講和・終戦

ケニマグニ族以外にも離反する部族が出たこともあって、ついにカッシウェラウヌスはコンミウスを通じて、降伏を交渉する使者をローマ軍陣地へ送りました。カエサルは、ガリアへの帰還を望み、コンミウスは協定を成立させました。カッシウェラウヌスは人質と年間の貢物をローマへ送ることに同意し、カエサルはマンドゥブラキウスやトリノウァンテス族に対して戦争を起こさないように約束させました。カエサルは、第2次のブリタンニア遠征における戦闘の結果、人質は取ったが、戦利品は得られなかったこと、ローマ軍がガリアへと帰還することを記した手紙を送りました。

こうしてカエサルはブリタンニアを離れましたが、カッシウェラウヌスとの合意内容を監視するためのローマ軍兵士をただの一人もブリタンニアに置くことはありませんでした。

遠征後の後日談

カエサルの同盟者だったコンミウスは、後に立場を変えてローマ軍と戦いましたが、敗北し、ブリタンニアへと渡りました。そして、ハンプシャー地方に自らの王権を打ち立てました。

『ガリア戦記』によるブリタンニア判明事項

カエサルは、ブリタンニアの地理、気象、民族、軍事、信仰、経済資源などについて記述しました。これらの情報は、カエサルが直接経験したことだけでなく、調査や伝聞によるものも含まれています。

結論

カエサルはブリタンニアを征服できませんでしたが、マンドゥブラキウスを王位に就けたことで、ローマとの間にクリエンテスの関係が始まり、ローマの政治的な影響力がブリタンニアへ持ち込まれました。そして、この侵攻が後のクラウディウス帝によるブリタンニア征服の礎となりました。

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