ローヤル館

大正時代中期、日本のオペラ黎明期において、短期間ながら特異な存在感を放ったのが「ローヤル館」です。東京市赤坂見附に位置し、1916年（大正5年）10月1日から1918年（大正7年）2月25日まで、イタリア出身の興行師ジョヴァンニ・ヴィットーリオ・ローシーが主宰する歌劇場として活動しました。この劇場は、設立者の名を冠してローヤル館と呼ばれましたが、赤坂ローヤル館、あるいは興行する歌劇団を含めてオペラコミック・ローヤル館とも称されることがあります。

ローシーは、それまで帝国劇場でオペラやオペレッタの指導に当たっていましたが、1916年5月に同劇場の歌劇部が解散したことを受け、日本でのオペラ興行を継続する強い意志を抱きました。私財を投じてこの計画を実行に移し、赤坂見附近くにあった映画館「萬歳館」を買い取って改装し、自らの劇場を設立しました。

改装によって誕生したローヤル館は、定員およそ500名の小規模な空間でした。客席は当時の劇場としては珍しく、1等、2等、3等の階級に分けられ、さらに4人掛けの特別なボックス席も設けられていました。料金設定は、当時の物価水準から見てかなり高額でした。例えば、旗揚げ公演となったオッフェンバックのオペレッタ『天国と地獄』では、ボックス席が16円、1等席が3円、2等席が2円、3等席が1円という設定でした。この高額料金に加え、1等席の背後にはバーが設けられ、さらに観客には礼服の着用を求めるなど、上流階級を主な対象とした高級志向の経営方針が鮮明でした。

ローヤル館の旗揚げに参加したメンバーは、約30名の俳優と14名のオーケストラで構成されていました。俳優陣の半数近くが女優であり、中には帝国劇場でのオペラ経験を持つ清水金太郎・静子夫妻や原信子といった実力派が含まれていました。また、田谷力三のように新たに加わった役者もいました。しかし、活動後期になると、ローシーとの意見の対立などから、原信子や清水夫妻といった主要メンバーが退団し、後に浅草オペラへと活躍の場を移すという動きも見られました。

ローヤル館は、1916年9月25日に関係者を招いた舞台開きを経て、10月1日に正式に開場しました。初公演はオッフェンバックの『天国と地獄』でした。初期の上演作品は、スッペの『ボッカチオ』や『コルヌヴィルの鐘』など、オペレッタが中心で、日本語に翻訳して上演されることが多かったです。しかし、1917年10月にマスカーニの本格オペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ』をイタリア語原語で上演して以降は、本格的なオペラにも取り組み始め、ロッシーニの『セビリアの理髪師』なども上演のレパートリーに加えました。意欲的な上演が試みられたものの、残念ながら興行的には期待された成果を上げることができませんでした。

ローヤル館での興行は、約1年半で幕を閉じます。1918年2月に行われたヴェルディの『椿姫』の公演が最後となり、その活動に終止符が打たれました。ローシーは劇場を手放した後、同年3月21日に日本を離れてアメリカ合衆国へ向かいました。

ローシーが去った後のローヤル館は、一時的に姫路興行部による原信子一座の『ボッカチオ』などの舞台公演が行われることもありましたが、主に映画館として利用されるようになりました。

ローヤル館の活動期間は短かったものの、ローシーの情熱によって支えられたこの小規模な劇場は、限られた観客層に向けた高品質なオペラ・オペレッタ上演を試みた点で、大正時代の日本オペラ史におけるユニークな一章を飾る存在であったと言えるでしょう。興行的な成功には至りませんでしたが、その上演活動は、後の日本の西洋音楽劇の発展に影響を与えた可能性も考えられます。

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