ワグナーチューバ

ワグナーチューバは、オーケストラにおいて独特な存在感を放つ中低音域の金管楽器です。主にホルン奏者が持ち替えて演奏します。外見はテノールホルンやバリトンに似ていますが、マウスピースや楽器の構造に違いがあります。

成り立ち

ワグナーチューバは、リヒャルト・ワーグナーが自身の楽劇『ニーベルングの指環』のために、新たな音色を求めて導入した楽器です。1853年にワーグナーがパリを訪れた際、楽器製作者アドルフ・サックスの工房に立ち寄ったことが、この楽器の誕生に影響を与えたとされています。サックスはサクソルンなどの同属楽器群を考案していましたが、当時のドイツでは、これらの楽器よりも管が細く華奢な音色の楽器が主流でした。

ワーグナーは、金管楽器を4つのグループに分け、トランペットセクションにはバストランペット、トロンボーンセクションにはコントラバストロンボーンを追加しました。ホルンは8本に増強し、チューバセクションには、通常のコントラバスチューバに加え、テナーとバスのチューバを2本ずつ追加しました。この新しく追加されたチューバをホルン奏者が担当することになり、劇場スタッフでホルン奏者のハンス・リヒターが楽器の調達にあたりました。

1875年、バイロイト音楽祭での『ニーベルングの指環』初演までに、ドイツ各地の楽器工房で試作が繰り返されました。特にカール・モリッツが製作した楽器がよく使用されたと考えられています。ワグナーチューバ登場以前にも、同様の楽器は存在しており、例えば1844年にヴァーツラフ・チェルヴェニーが考案した「コルノン」という楽器は、ホルンと同じ小型のマウスピースを使用し、左手でバルブを操作するものでした。テノールホルンやバリトンも既に存在していました。そのため、リヒターの楽器調達は、「全く新しい楽器の発明」というより、「ホルン奏者が演奏できるチューバの必要性」が主な動機であったと考えられます。

構造

ワグナーチューバは、フレンチホルンよりも管が太く、バスチューバよりは細い円錐管を持っています。マウスピースはチューバのような深いカップではなく、ホルンで使われる浅く小さいカップのものが使用されます。ホルン奏者が演奏することを前提としているため、バルブは左手で操作するよう設計されています。

種類

ワグナーチューバには、変ロ調（B♭）のテナーとヘ調（F）のバスの2種類があります。これらは移調楽器であり、実音に対してテナーは長2度高く、バスは完全5度高く記譜されます。ワーグナー自身は後に記譜法を変更し、変ホ調（E♭）のテナーと変ロ調（B♭）のバスとして楽譜を書きましたが、楽器の調性は変わりません。ワーグナー以降の作曲家は、さらに1オクターブ高く移調して記譜することが一般的です。

近年では、ダブルホルンのように1本の楽器でテナーとバスを切り替えて使用できるものも製造されています。これは「ダブル・ワーグナーチューバ」と呼ばれますが、ワーグナーが想定したものではありません。

使用法

ワグナーチューバは、テナー2本とバス2本の4本セットで使用することを想定して作られました。ワーグナー以降、ブルックナーがこの編成を踏襲していますが、この用法に限定されず、様々な編成で用いられることもあります。例えば、ストラヴィンスキーの『春の祭典』やバルトークの『中国の不思議な役人』ではテナー2本のみが使用され、リヒャルト・シュトラウスの『アルプス交響曲』ではテナー4本のみが使用されています。

楽譜に「テナーチューバ」と書かれている場合、それがワグナーチューバのテナーを指すのか、テノールホルンやユーフォニアムなどの他の楽器を指すのかを判断する必要があります。ホルン奏者が持ち替えて演奏するかどうかが重要な判断材料となりますが、記譜法や現場の慣例、指揮者の指示によって、作曲者の意図とは異なる楽器が使用される場合もあります。

使用例

ワグナーチューバが使用される作品は、決して多くはありません。ワーグナーの『ニーベルングの指環』のほか、ブルックナーの交響曲第7番、第8番、第9番、リヒャルト・シュトラウスの『エレクトラ』、『影のない女』、『アルプス交響曲』、ストラヴィンスキーの『火の鳥』、『春の祭典』、シェーンベルクの『グレの歌』、バルトークの『中国の不思議な役人』などでその音色を聴くことができます。

ワグナーチューバが主役となる作品は非常に限られていますが、イギリスの作曲家アンドリュー・ダウンズは、2005年に8本のワーグナーチューバのための《5 Dramatic Pieces》を作曲しました。また、ドイツのボーフム交響楽団には、ワーグナーチューバ四重奏団があり、世界中からレパートリーを探しています。

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