ヴァイオリンとピアノのための幻想曲 (シューベルト)

ヴァイオリンとピアノのための幻想曲 ハ長調 D934

ヴァイオリンとピアノのために書かれた本作は、フランツ・シューベルトによって1827年末から翌年にかけて生み出された室内楽曲です。演奏時間は約25分。

楽曲の背景と初演

1827年12月26日、シューベルトのピアノ三重奏曲第2番が、カール・マリア・フォン・ボックレト（ピアノ）、イグナーツ・シュパンツィヒ（ヴァイオリン）、ヨーゼフ・リンケ（チェロ）によって初演されました。この演奏会が好評を博したことに触発されたシューベルトは、ヴァイオリンとピアノのための新たな楽曲の創作に着手します。翌月には全曲が完成し、1828年2月7日にウィーンで初演されました。

しかし、この初演は聴衆から厳しい評価を受けました。当時のウィーンの聴衆や批評家は、その長大な演奏時間や構成に慣れておらず、戸惑いを見せ、途中で席を立つ者もいたと伝えられています。

初演の演奏は、ボヘミア出身のピアニスト、カール・マリア・フォン・ボックレトと、同じくボヘミア出身で卓越したヴァイオリニスト、ヨーゼフ・スラヴィークが担いました。パガニーニもその技術を称賛したというスラヴィークのために書かれたこの幻想曲は、ヴァイオリンに高度な技巧が随所に要求される難曲となっています。また、ボヘミアやハンガリーを思わせる民族的な色彩と、シューベルトならではの美しい歌謡的旋律が溶け合い、「幻想曲」と名付けられた通り、従来の形式にとらわれない自由な構造の中に巧みにまとめられています。初演時の不遇にもかかわらず、現在ではシューベルト円熟期の傑作の一つとして高く評価されています。

楽曲構成

全曲は続けて演奏されますが、内容的には大きく3つないし4つの部分に分けて捉えることができます。

1. Andante molto (ハ長調、6/8拍子)

曲はピアノによる静かなトレモロで始まります。その上にヴァイオリンが情感豊かな主題（譜例1に相当）を歌い始めます。低音から現れるトリルを伴った音型がヴァイオリンにも受け継がれながら進み、主題が再び低いオクターヴで現れます。ピアノは自由なパッセージを奏でますが、やがてトレモロに戻り、両楽器がカデンツァ風の華麗なパッセージを順に奏でた後、次の部分へと切れ目なく繋がります。

2. Allegretto (イ短調、2/4拍子)

自由なソナタ形式で書かれた楽章です。ピアノの歯切れの良い伴奏に乗って、ヴァイオリンが軽快な第1主題（譜例2に相当）を提示します。この主題はピアノが後を追うカノン風の形で繰り返され、勢いを増します。やがてピアノによってイ長調の明るい第2主題（譜例3に相当）が現れ、ヴァイオリンは装飾的なパッセージでこれを彩ります。その後、第2主題が展開され、両楽器による華やかな16分音符の走句が続きます。静けさを取り戻し、第1主題の再現が予告された後、元のイ短調で第1主題が戻ります。第2主題はハ長調でピアノに現れ、提示部と同様に進められます。ピアノが力強いユニゾンでスケールを奏で、第1主題の動機と組み合わさって展開されます。ピアノの大きなアルペッジョがクライマックスを築き、徐々に落ち着いて全休止に至ります。

3. Andantino (変イ長調、3/4拍子) - 変奏曲

変奏曲形式の楽章で、主題と4つの変奏から構成されます。主題（譜例4に相当）は、シューベルトが1821年に作曲した歌曲『挨拶をさせてほしい（Sei mir gegrüßt）』から取られています。この主題は、ピアノが先導しヴァイオリンがそれを繰り返すような形で、前半と後半の楽節がそれぞれ繰り返される二部形式です。

第1変奏: ピアノが主題を変形させ、ヴァイオリンはスタッカートを多用した音型で装飾を加えます。
第2変奏: ピアノは連続するスケールを奏で、ヴァイオリンはピッツィカートで伴奏します。
第3変奏: ピアノはトリルを特徴とする変奏を奏で、ヴァイオリンは終始細かい動きを続けます。
第4変奏: 変奏曲部分の終結に相当します。主題が原型に近い形で現れた後、ヴァイオリンがカデンツァ風に下降して閉じられ、再び全休止となります。その後、全曲冒頭のテンポに戻り、ハ長調でピアノのトレモロが再開されます。冒頭の主題（譜例1に相当）が短く再現され、クレッシェンドしながら最後の部分へと繋がります。

4. Allegro vivace (ハ長調、2/2拍子)

前の部分から切れ目なく、活気ある主題（譜例5に相当）がピアノに現れます。この主題は、変奏曲の主題（譜例4）と関連性を持っています。ピアノによる主題提示の後、ヴァイオリンがそれを模倣して繰り返します。主題は展開され、やがてピアノとヴァイオリンがユニゾンで堂々と再び主題を奏します。イ長調で経過句が繰り返され、主題の展開が続きます。ヴァイオリンが弱音のトレモロで主題を奏で始めると、息の長いクレッシェンドを経て音楽は頂点に達します。突然、テンポがAllegrettoになり、拍子も3/4、調性も変イ長調に変わり、変奏曲主題（譜例4）を変形させた音型が現れます。これが緩やかに進められ、フェルマータ付きの全休止で区切られます。

最後にプレスト（非常に速く）となり、2/2拍子、ハ長調のコーダに突入します。コーダは主に最後の楽章の主題（譜例5）を素材としており、大きく盛り上がりながら一気に全曲を締めくくります。

この幻想曲は、高度な演奏技術に加え、シューベルトならではの抒情性と形式の自由さが融合した、魅力的な作品です。

参考文献情報、外部リンク等は省略しています。

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