ヴァイオリンソナタ第2番 (フォーレ)

ヴァイオリンソナタ第2番ホ短調作品108

近代フランスの作曲家ガブリエル・フォーレ（1845年 - 1924年）が1917年に書き上げた、ヴァイオリンとピアノのためのソナタです。この作品は、1875年に作曲された第1番から実に42年ぶりとなるもので、フォーレが71歳の時に生み出されました。全3楽章から構成されています。

作曲の背景

本作は1916年8月から翌1917年5月にかけて作曲されました。フォーレはこの時期、友人のマイヨ夫妻が避暑のために借りていたエヴィアン＝レ＝バンのサフレット館で過ごしており、そこで作曲に着手しました。妻マリーへの手紙によると、作曲は順調に進み、9月末には第1楽章が完成、第3楽章も半分ほど出来上がり、第2楽章はスケッチ段階にありました。しかし、パリ音楽院の院長という多忙な職務のため、入学試験などにより作曲は一時中断を余儀なくされます。曲全体の完成は1916年末で、翌1917年1月には早くも楽譜出版の契約をデュラン社と結んでいます。その後若干の手直しを経て、最終的な脱稿は1917年5月となりました。

長期間にわたってこのジャンルから離れていた理由として、フォーレ研究家のジャン＝ミシェル・ネクトゥーは、オペラ『ペネロープ』の作曲に時間を要したことや、ピアノ五重奏曲第1番の推敲に苦心した経験が尾を引いていた可能性を指摘しています。

一方、この作品が書かれた第一次世界大戦中のフランスでは、ヴァイオリンソナタが約200年前のバロック時代に培われた「フランス固有のジャンル」であり、フランス音楽の伝統に立ち返る象徴として捉えられる動きがありました。クロード・ドビュッシーのヴァイオリンソナタも同時期の1917年に完成しており、こうした新古典主義的な潮流は、シャルル・ケクランやフローラン・シュミットを経て、アルベール・ルーセルやモーリス・ラヴェルらへと受け継がれていきます。しかし、フォーレ自身がこうした時代の流れをどの程度意識していたかは明らかではありません。1916年の手紙には作曲の動機に関する記述は見られず、1903年頃からピアノとヴァイオリンのための作品を構想していたこと以上の詳細は不明です。

初演、出版、献呈

このソナタは、1917年11月10日に行われた国民音楽協会の演奏会で初演されました。ヴァイオリンをリュシアン・カペーが、ピアノをアルフレッド・コルトーが担当しました。同年にデュラン社から出版されています。

曲はベルギー王妃エリザベートに献呈されました。エリザベート王妃は、フォーレと親交が深かったヴァイオリニストのウジェーヌ・イザイの知人であるだけでなく、自身もヴァイオリンを演奏し、私的な演奏会でフォーレのピアノ五重奏曲第1番を演奏するなど、熱心なフォーレの愛好家でした。後にフォーレはピアノ三重奏曲も王妃に献呈しています。

興味深いことに、イザイはフォーレのヴァイオリンソナタ第1番を頻繁に演奏しましたが、第2番は一度も演奏しませんでした。これについて、フォーレの次男フィリップは、多くの演奏家がこの作品の深遠な内容に戸惑い、敬遠したためではないかと推測しています。

音楽的な特徴

本作は、フォーレの創作活動における第三期（1906年 - 1924年）に位置づけられます。70歳を超えてから精力的に取り組んだ一連の室内楽作品群、すなわちチェロソナタ第1番・第2番、ピアノ五重奏曲第2番、ピアノ三重奏曲、弦楽四重奏曲といった傑作群の端緒を開く作品です。

晩年のフォーレの室内楽様式が色濃く反映されています。特に、第1楽章に見られるカノン風の書法は、同時期に作曲された舟歌やオペラ『ペネロープ』にも見られ、以降の室内楽作品で重要な特徴となります。また、左手の特徴的なオクターヴの多用、長い楽節、外面的な劇的コントラストを避ける傾向、そしてソナタ形式において展開部が再現部やコーダの中に統合されるなど、従来の形式からの大胆な解放が見られます。展開部における主題の扱いは、動機を細かく分解する古典的な手法ではなく、半音階を駆使した連続的な「変容」として現れる点もフォーレ独自の特徴です。

フランスの哲学者ウラジミール・ジャンケレヴィッチは、主調であるホ短調が、他の晩年の作品（9つの前奏曲第9番、夜想曲第10番・第12番、歌曲集『閉ざされた庭』の一部、弦楽四重奏曲）と共通しており、フォーレにとって「峻厳」な響きを象徴すると指摘しています。一方で、音楽学者のロナルド・クライトンは、40年以上前に書かれた第1番に感じられた瑞々しさが、この第2番にも驚くほど保たれていることを強調しています。彼は、同時期の「辛口ワイン」に例えられるような作品群（『イヴの歌』、『閉ざされた庭』、『ペネロープ』）と比較し、「ここで私たちはフォーレの新鮮な若さを取り戻したと言えよう」と評しています。

フォーレは晩年、聴覚障害に悩まされながら作曲を続けました。次男フィリップは、第2番ヴァイオリンソナタの冒頭などを聴くと、フォーレが意図した音よりも低く、軋んでいるように感じられると述べています。しかし、ネクトゥーはこの見解に対し、これは熟慮の末に生まれた様式の変化であり、聴覚の障害と安易に結びつけるべきではないと反論しています。

知名度について

この第2番ソナタは、和声や作曲技法において第1番よりも成熟しているにも関わらず、一般的には第1番ほど頻繁に演奏されていません。前述のイザイが第1番を好んで演奏し、第2番を避けたこととも関連し、ネクトゥーは、第1番が早くから一般的なレパートリーとなったのに対し、第2番は多くの演奏家がその深遠な内容に戸惑い、敬遠してきた歴史があると述べています。ネクトゥーは、この作品が持つ「崇高な楽想、独創的な和声、豊かな対位法表現」そのものが、知名度向上の妨げとなっているのは皮肉だと指摘します。

クライトンもまた、第1番が多く演奏されるのは不思議ではないとしながらも、それは演奏会主催者が第2番を聴く機会を十分に提供しないからであり、悪意はないと述べています。さらに彼は、この曲が書かれた後に西洋音楽がたどった展開を考えると、この傑作を敬遠する態度は「ばかげている」と強く批判しています。

各楽章の解説

このソナタは3つの楽章で構成されています。

第1楽章アレグロ・ノン・トロッポ ホ短調、9/8拍子。自由なソナタ形式です。同時期に書かれた夜想曲第12番と同じホ短調で、共通する暗く緊迫した雰囲気を持っています。第一次世界大戦下の状況を思わせるような激しいリズムや緊張感のある和声、ピアノのオクターヴ、ヴァイオリンの反復音が特徴的です。ピアノによって荒々しさを秘めた第1主題が提示され、ヴァイオリンがしなやかで伸びやかな副次主題を続けます。ヴァイオリンによる第2主題はト長調で、甘く抒情的な性格を持ち、第1主題とは対照的です。展開部では古典的な動機操作ではなく、フォーレ独自の半音階による連続的な変容が見られます。再現部からは拍子が12/8に変わり、和声や旋律、リズムに変化がもたらされます。全体を通して、シンコペーションによる巧みなリズム操作や、ヴァイオリンとピアノの間で交わされるカノン風の表現が、曲の輝きと高揚感を際立たせています。

第2楽章アンダンテ イ長調、3/4拍子。三部形式に基づきますが、二つの主題が交互に現れる、独特の構成（A-B-A-B-A+B-コーダ）に要約できます。哀愁を帯びたイ長調は、第1番の緩徐楽章とも共通する調性です。この楽章の中心主題は、フォーレが30年前に作曲した交響曲ニ短調（作品40）の緩徐楽章から転用されたものです。晩年の様式の中に、初期のような若々しさや純粋さが再び現れた例であり、フォーレの作品の中でも特に聴き手の心に深く訴えかける魅力を持つ楽章と評されています。第1主題はヴァイオリンによる優美でどこかあどけない旋律で、ピアノがこれに応答します。第2主題はヴァイオリンの不安定で幅広い跳躍を持つ音程で構成されます。ジャンケレヴィッチはこの楽章を、晩年の厳しいスタイルの中に見出される、初期のような官能的で新鮮な一面を示す例として挙げています。

第3楽章アレグロ・ノン・トロッポ ホ長調、2/2拍子。フォーレが室内楽曲の終楽章で好んで用いたロンドソナタ形式です。繊細で物憂げな優美さを湛えたロンド主題（第1主題）は、晩年のフォーレの楽想の中でも特に新鮮で、その自然でしなやかな歌いぶりは第1番を想起させます。この主題は第3度音を中心に展開し、楽章全体の基盤となります。続いてヴァイオリンによって提示される第2主題は、主要主題から派生した、断固とした調子と広がりを持つ主題です。第3主題はピアノが奏でる奇抜な旋律で、奔放さ、全音音階、突然のオクターヴ跳躍、古代の舞踏を思わせる衝動的なリズムなど、ユニークな要素に満ちています。再現部では第3主題は省略され、代わりに第1楽章の主題が回想される循環形式が用いられています。これはフォーレが親しんでいたシューマンのヴァイオリンソナタ第1番に影響を受けた可能性が指摘されています（同時期のドビュッシー作品にも見られますが、これは偶然とされます）。コーダでは、踊るようなロンド主題が繰り返され、輝かしい高揚感の中で曲を閉じます。