ヴァンガードTV3

アメリカ初の人工衛星打ち上げ試み「ヴァンガードTV3」の悲劇

1957年 12月6日、アメリカ合衆国は歴史上初めて人工衛星を宇宙空間に送り出すという国家的プロジェクトに挑みました。その名も「ヴァンガードTV3」（「TV」は試験機を意味するTest Vehicleの略）。これは、同年10月にソビエト連邦が世界初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功し、アメリカ国内に大きな衝撃（いわゆる「スプートニク・ショック」）を与えたことへの直接的な対抗措置として、急遽進められたものでした。冷戦下における米ソ間の熾烈な宇宙開発競争において、アメリカの技術力と威信を示す最初の一歩となるはずでした。

ヴァンガード計画における位置づけ

ヴァンガードTV3の開発と打ち上げは、当時のアメリカ海軍が中心となって進めていた「ヴァンガード計画」の一環として実施されました。この時代は、現在のNASA（アメリカ航空宇宙局）がまだ設立されておらず、宇宙開発は陸軍と海軍がそれぞれ独自に進めるという状況でした。ヴァンガード計画は海軍が主導権を握り、人工衛星の打ち上げを目指しました。TV3に先立っては、TV0、TV1、TV2という3機の試験機が弾道飛行に成功しており、スプートニクの打ち上げが行われた際も、TV2の発射準備が進められている最中でした。TV3は、この計画における初めて人工衛星を軌道に乗せることを目的とした重要なミッションでした。

衛星本体の仕様

ヴァンガードTV3は、後に打ち上げに成功し、現在も軌道上にあるヴァンガード1号とほぼ同型機でした。その形状は直径15.2センチメートルの小さな球体で、質量はわずか1.36キログラムです。同時期のソ連のスプートニク1号が直径58センチ、質量83.6キログラムだったのと比べると、サイズも重さも大幅に小さいものでした。しかし、ヴァンガードTV3は太陽電池による電力供給を可能としており、この点ではスプートニクよりも先進的な技術を備えていました。衛星の内部には、108メガヘルツと108.03メガヘルツという2つの周波数で電波を発信する無線送信機が搭載され、外部には6本のアンテナが取り付けられていました。また、衛星内部の温度変化を計測するために、2個のサーミスタも装備されていました。

打ち上げの失敗とその瞬間

歴史的な打ち上げは、1957年 12月6日、フロリダ州にあるケープ・カナベラル空軍基地から行われました。ヴァンガードTV3は、同名のヴァンガードロケットに搭載され、宇宙へと旅立つ準備を整えました。しかし、リフトオフ（離昇）してからわずか2秒後、予期せぬ事態が発生しました。ロケットのエンジン推力が突然低下し、そのまま機体はバランスを崩しました。燃料を満載したロケットは発射台上で傾き、やがて崩壊、大爆発を引き起こしました。この事故により、発射台は甚大な損傷を受け、大規模な改修を余儀なくされました。一方、ロケットの上部に搭載されていた衛星本体は、爆発の衝撃にもかかわらず奇跡的に完全な破壊を免れ、現場の地面に転がり落ちました。そして、そのまま搭載された無線機からビーコン信号を発信し続けていたといいます。エンジンの停止に至った正確な原因は不明ですが、燃料を供給する配管系統に異常があった可能性が高いと推定されています。

失敗が招いた波紋

アメリカ初の人工衛星打ち上げという期待が大きかっただけに、この失敗が国内に与えた影響は計り知れませんでした。特にメディアはこの出来事をセンセーショナルに報じ、「スプートニク」になぞらえて「カプートニク」（Kaputnik、ぶち壊れ衛星）や「ステイプットニク」（Stayputnik、動かない衛星）といった揶揄する造語とともに伝えました。これにより、すでにソ連の成功によって高まっていたスプートニク・ショックはさらに増幅され、アメリカ国民の間に技術力への不安と焦燥感を広める結果となりました。

その後のアメリカ宇宙開発とヴァンガード計画

ヴァンガードTV3の失敗を受けて、アメリカは宇宙開発競争における遅れを取り戻すべく動きを加速させました。失敗から約1ヶ月後の1958年1月、今度は陸軍のチームが開発したジュノーIロケットにより、エクスプローラー1号の打ち上げに成功しました。これがアメリカにとって初の人工衛星軌道投入成功となり、海軍のヴァンガード計画は陸軍に先を越される形となりました。海軍はその後もヴァンガード計画を継続し、1958年2月にはTV3のバックアップ機（TV3BU）の打ち上げを試みましたが、これも発射57秒後にロケットが制御不能となり、空中で分解するという痛ましい再度の失敗に終わりました。ヴァンガード計画が初めて衛星軌道投入に成功するのは、さらに遅れて1958年3月に打ち上げられたTV4、すなわちヴァンガード1号の成功を待つことになります。

残された遺産

打ち上げ失敗現場から回収されたヴァンガードTV3の実機は、その歴史的な価値から破棄されることなく保存されました。現在は、ワシントンD.C.にあるスミソニアン国立航空宇宙博物館に展示されています。アメリカ初期の宇宙開発における困難と失敗、そしてそこから立ち上がろうとする努力を物語る貴重な遺産として、多くの人々が目にすることができます。

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