ペトルーシュカ

バレエ音楽『ペトルーシュカ』：人形の哀愁と情熱

『ペトルーシュカ』は、イーゴル・ストラヴィンスキーが1911年に作曲したバレエ音楽で、セルゲイ・ディアギレフ率いるバレエ・リュスによって初演されました。この作品は、おがくずでできた人形ペトルーシュカが、人間になりたいという願望と、バレリーナ人形への恋心を抱く悲劇を描いています。ロシアのピノキオとも言えるペトルーシュカは、その人形の体の中に閉じ込められた苦悩と、真実の情熱を表現し、観客の心を揺さぶります。

作品の概要

『ペトルーシュカ』は、1910年から1911年の冬にかけて作曲され、1911年 6月13日にパリで初演されました。初演は概ね成功したものの、その音楽のドライで痛烈、時にはグロテスクとも言える響きは、一部の聴衆には受け入れがたいものでした。しかし、その独創的な音楽は、今日に至るまで多くの人々を魅了し続けています。

音楽的な特徴としては、ハ長調と嬰ヘ長調を組み合わせた「ペトルーシュカ和音」が挙げられます。この和音は複調性によってタイトルロールであるペトルーシュカの登場を予告し、物語の展開を象徴的に表しています。

作曲の経緯

ストラヴィンスキーは当初、後に『春の祭典』として知られる作品を作曲しようとしましたが、難航したため、その前にピアノと管弦楽による一種のコンツェルトシュテュックを書き始めました。この時に思いついたのが、ピアノの悪魔的なアルペッジョと管弦楽の反撃であり、この曲を『ペトルーシュカ』と名付けました。

ディアギレフは、ストラヴィンスキーがスイスで「ペトルーシュカの叫び」と「ロシアの踊り」の2曲を演奏した際、この新しい曲をバレエ曲として採用することを即決しました。アレクサンドル・ベノワに台本が依頼され、ベノワは子供の頃から人形劇のファンだったことから、この依頼を引き受けました。ベノワは、謝肉祭と人形達の劇という二重構造や、ペトルーシュカ、バレリーナ、ムーア人という3人組を提案し、作品の基盤を築きました。

初演

『ペトルーシュカ』の初演は、1911年6月26日にパリのシャトレ座で行われました。ミハイル・フォーキンの振付、アレクサンドル・ベノワの美術・衣装、ピエール・モントゥーの指揮によって、ヴァーツラフ・ニジンスキーがペトルーシュカ役を演じました。日本では、1937年に管弦楽が、1950年にバレエが初めて上演されました。

楽器編成

『ペトルーシュカ』には、1911年版と1947年版の2つの楽器編成があります。

1911年版：4管編成で、大規模なオーケストラを使用します。しかし、ティンパニやトランペットの活躍が少なく、地味な印象を与えることがあります。
1947年版：3管編成に縮小された改訂版で、新古典主義的なアプローチが取られています。よりドライでカラフルな響きが特徴です。

ピアノが重要な役割を担っており、特に「ロシアの踊り」は有名です。演奏会やバレエ公演では、3管編成版がよく取り上げられます。

演奏時間

バレエ版は約35分、管弦楽版は約30分です。

場面構成

『ペトルーシュカ』は、以下の4つの場面で構成されています。

1. 第1部：謝肉祭の市
導入
人形使いの見世物小屋
ロシアの踊り
2. 第2部：ペトルーシュカの部屋
ペトルーシュカの部屋
3. 第3部：ムーア人の部屋
ムーア人の部屋
バレリーナの踊り
ワルツ（バレリーナとムーア人の踊り）
4. 第4部：謝肉祭の市（夕景）
乳母の踊り
熊を連れた農夫の踊り
行商人と二人のジプシー娘
馭者と馬丁たちの踊り
仮装した人々
格闘（ペトルーシュカとムーア人の喧嘩）
終景：ペトルーシュカの死
警官と人形使い
ペトルーシュカの亡霊

あらすじ

1. 第1場：謝肉祭の市場で、手回しオルガン奏者や踊り子が人々を楽しませています。老魔術師が登場し、3体の人形（ペトルーシュカ、バレリーナ、ムーア人）に命を吹き込みます。人形たちは舞台から飛び出して踊り出し、人々を驚かせます。
2. 第2場：ペトルーシュカは、自分の部屋で孤独と絶望を感じています。彼はバレリーナに恋心を抱いていますが、彼女は彼の気持ちを受け入れません。ペトルーシュカは、人形でありながら人間と同じ感情を持っていることに苦悩します。
3. 第3場：ムーア人の部屋は豪華で、ムーア人はバレリーナと楽しんでいます。ペトルーシュカは嫉妬に駆られ、ムーア人に立ち向かいますが、打ち負かされてしまいます。
4. 第4場：再び市場の場面に戻ります。ペトルーシュカはムーア人に殺され、その遺体はただのおがくずの人形だと明らかにされます。しかし、ペトルーシュカの亡霊が現れ、魔術師を恐れさせます。物語は、謎を残したまま幕を閉じます。

引用曲

『ペトルーシュカ』は、多くの民謡やワルツからの引用が特徴です。特に、ロシア民謡が多く使われています。

編曲

ストラヴィンスキー自身による4手ピアノ版や、ピアノ曲集、ヴァイオリンとピアノのための編曲が存在します。また、ラリー・コリエルによるギター独奏版もあります。

『ペトルーシュカ』は、その独創的な音楽と劇的な構成によって、今日でも多くの人々に愛され続けています。人形の悲哀と情熱を描いたこの作品は、聴くたびに新しい発見と感動を与えてくれるでしょう。

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