ヴィクトル・ブローネル

ヴィクトル・ブローネル：シュルレアリスムの魔術師

ヴィクトル・ブローネル（1903-1966）は、ルーマニアで生まれ、フランスを拠点に活躍したシュルレアリスムを代表する画家です。カルパチア山脈の麓のユダヤ人家庭に生まれた彼は、幼少期に交霊術に傾倒した父の影響を受け、後の作品世界に独特の神秘性を刻み込むことになります。10歳の時にドイツに移住するなど、幼少期は転々とした生活を送りました。

ブカレスト国立美術学校在学中はセザンヌ風の風景画を描いていましたが、風紀を乱すとして退学処分を受けるという波乱の幕開けでした。その後、ダダイスムの雑誌を創刊し、前衛的な芸術家としての道を歩み始めます。1925年に渡仏したブローネルは、パリでシュルレアリスム運動の中枢に触れ、イヴ・タンギーやアンドレ・ブルトンらと交流。シュルレアリスム運動の中心に深く関わることになります。

1931年に制作した代表作『眼球を摘出した自画像』は、7年後、実際に左目を失うという不可思議な出来事と重なります。この作品は、彼の内面世界と現実の奇妙な共鳴を示す象徴的な作品と言えるでしょう。ブルトンからは「未来を幻視する画家」と称賛されるなど、高く評価されました。パリでの活躍の後、経済的な理由からルーマニアに帰国。しかし、ナチスの台頭と反ユダヤ主義の高まりにより、1938年にはフランスへの亡命を余儀なくされます。

第二次世界大戦下のフランスでは、ユダヤ人迫害を逃れるために、南フランスの小さな村に隠れ住みながら制作を続けました。この過酷な状況下で、彼は独自の蝋画（エンカウスティーク）技法を確立します。油絵の具の代わりに、ワックスと熱を用いたこの技法は、彼の作品に独特の質感と神秘的な雰囲気を与えました。針金、石、土、木の葉など、身の回りの素材も用い、貧困と孤独の中で、より深く内面世界に向き合います。

戦後、パリに戻ったブローネルは、シュルレアリスム運動と距離を置くようになりながらも、独自の道を歩み続けます。エロティシズム、神秘主義、古代文明のモチーフなど、多様な要素を取り入れ、独自のシュルレアリスムを追求しました。ニューヨークのアレクサンドル・イオラス画廊での個展やヴェネツィア・ビエンナーレへの出品など、国際的な舞台でも活躍し、高い評価を受けました。

ブローネルの作品は、ダダイスム的な無意味さの破壊から、シュルレアリスム的な無意識や夢への探求へと進化を遂げました。ジョルジョ・デ・キリコの形而上学絵画から大きな影響を受け、無意識、夢、不条理といった要素を通して現実を超越した世界を描写しました。彼の作品には、滑稽で、夢幻的で、不安を呼び起こすような、独特の強迫観念が見て取れます。

1966年に62歳で死去しましたが、彼の作品は現在も世界中の美術館に所蔵され、シュルレアリスムにおける重要な存在として記憶されています。彼の作品は、単なる絵画を超えた、生きた「イメージ」として、見る者に強烈な印象を与え続けます。2011年には国立新美術館で開催された「シュルレアリスム展」でも多くの作品が展示され、日本でも改めてその作品世界が注目を集めました。彼の墓石には「私にとって絵画は生、本物の生、私の人生」と刻まれています。まさに、絵画に全てを捧げた彼の生涯を表す言葉と言えるでしょう。

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