ヴィーナスとアリアドネとバッカス

ヴィーナス、アリアドネ、バッカス：ティントレットの神話画

ティントレットが1576年に描いた『ヴィーナスとアリアドネとバッカス』は、ヴェネツィアのドゥカーレ宮殿のために制作された4点の神話画連作の一つです。この作品は、ギリシア神話のクレタ王女アリアドネと酒神ディオニュソス（バッカス）の物語を基に、ヴェネツィアの寓意を表現しています。他の連作には、『三美神とメルクリウス』、『マルスを退けるミネルヴァ』、『ウルカヌスの鍛冶場』があります。

主題：アリアドネとバッカスの結婚

この絵画は、古代ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』に基づいています。アリアドネは、ミノタウロスを倒すためテセウスに協力しましたが、テセウスにナクソス島に置き去りにされます。絶望するアリアドネの前に、酒と狂乱の神バッカスが現れ、彼女を妻として迎え入れます。さらに、バッカスはアリアドネの冠を空に投げ、かんむり座に変えたとされています。

作品の構成と特徴

ティントレットの作品では、海岸に座るアリアドネに、海から現れたバッカスが結婚指輪を捧げています。オウィディウスの物語では、アリアドネの冠を星座に変えるのはバッカスですが、この絵では愛と美の女神ヴィーナスが既に星座となった冠をアリアドネの頭上に置いています。ヴィーナスはさらにアリアドネの左手をバッカスへと導き、三者の絆を強調しています。バッカスは葡萄の葉の冠を被り、葡萄の葉で腰を覆った姿で描かれています。

構図の中心は、画面中央に集まる三者の手です。三者は巴型に配置され、動きのある構図を生み出しています。特に、極端な短縮法で描かれ、半透明のヴェールをたなびかせながら宙を舞うヴィーナスの描写は、ティントレットの独特な表現方法を示しています。

ヴェネツィアの寓意

ティントレットは、アリアドネをヴェネツィアの擬人化として描き、ヴェネツィアが神によって愛され、栄誉を与えられる様を描いています。不実なテセウスに置き去りにされたアリアドネが、バッカスの妻となる栄誉を得たように、かつて荒廃していたヴェネツィアも、海と結びつくことで繁栄したことを象徴的に描いています。ヴェネツィアには、総督がアドリア海に指輪を投げ入れる「海との結婚」と呼ばれる儀式があり、この絵画と関連付けられます。

また、美術史家シャルル・ド・トルナイの研究によれば、この作品は連作の中でも「秋」と「水」を象徴しているとされています。一方、17世紀の画家カルロ・リドルフィは、この絵画がヴェネツィアの「繁栄」と「自由」を表現していると述べています。

作品の来歴

この連作は、当初はドゥカーレ宮殿の方形階段広間を飾っていました。1581年にはフランチェスコ・サンソヴィーノによって言及され、1648年にはカルロ・リドルフィも絵画の意味について言及しています。その後、1716年に内閣議場前室に移され、現在はそこに所蔵されています。2017年には修復が行われ、その美しい姿が蘇りました。

連作の他の作品

この作品を含む連作には、以下のような作品があります。

『三美神とメルクリウス』
『マルスを退けるミネルヴァ』
『ウルカヌスの鍛冶場』

これらの作品と合わせて鑑賞することで、ティントレットの神話世界をより深く理解することができます。

参考文献

オウィディウス『変身物語（上）』中村善也訳、岩波文庫（1981年）
『神話・美の女神ヴィーナス　全集 美術のなかの裸婦1』中山公男監修、集英社（1980年）
『西洋絵画作品名辞典』黒江光彦監修、三省堂（1994年）

外部リンク

* ドゥカーレ宮殿公式サイト

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