三美神とメルクリウス

『三美神とメルクリウス』は、ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する巨匠ティントレットが、1576年頃に油彩で描いた作品です。この絵画は、ヴェネツィアのドゥカーレ宮殿のために制作された4点の神話画ないし寓意画連作の一つであり、他の作品には『ヴィーナスとアリアドネとバッカス』、『マルスを退けるミネルヴァ』、『ウルカヌスの鍛冶場』があります。ティントレットは、円熟期から晩年にかけてドゥカーレ宮殿のために合計45点もの作品を制作しており、この4作品も現在ドゥカーレ宮殿に所蔵されています。

この作品の主題は、ギリシア神話に登場する三美神とヘルメス（ローマ神話ではメルクリウス）であり、ヴェネツィアの寓意として解釈されています。画面には、草木の豊かな大地に座り、互いに手を取り合って立ち上がろうとする三美神と、その背後に翼のある帽子をかぶり、カドケウスの杖を持ったメルクリウスが描かれています。画面左側の美神の左手の下には大きなサイコロがあり、恩恵の相互性を表しています。中央の美神は伸ばした左手にバラの花を持ち、右側の美神は花をつけたギンバイカの枝を持っています。これらの花はヴィーナスの花であり、永遠の愛を象徴しています。メルクリウスは理性的な分配を司る存在として描かれ、適切な量の恩恵が人々に与えられることを保証しています。

ティントレットの特徴的な構図として、人物を対角線上に配置する手法が用いられており、三美神の肌の色は、右からの自然光と色彩豊かなドレープによって強調されています。画面左側の背中を見せる美神は、ティツィアーノの『ディアナとカリスト』に描かれたニンフの背面像から影響を受けていると考えられます。しかし、ティツィアーノの後期作品に見られるような、女性の柔らかな肌のしわやたるみに対する強い関心は、この作品では見られません。

美術史家のシャルル・ド・トルナイは、この連作を四季と四大元素と結びつける研究を行っており（1960年）、『三美神とメルクリウス』は植物の芽吹きと開花、三美神の立ち上がろうとする動きから、「春」と「空気」を象徴していると解釈しました。また、17世紀の画家であり伝記作家でもあるカルロ・リドルフィは、この絵画が政治的な寓意を持ち、ヴェネツィアの元老院がそれにふさわしい市民に恩恵を授ける様子を表していると述べています。

この連作は、元々はドゥカーレ宮殿の方形階段広間を飾っており、1581年にはフランチェスコ・サンソヴィーノによって『三美神とメルクリウス』として言及されています。1648年にはカルロ・リドルフィが絵画の意味について詳細に述べています。その後、1716年に内閣議場前室に移され、現在に至っています。2017年には修復作業が行われました。

この作品は、後世の画家にも影響を与えており、アゴスティーノ・カラッチは1589年に『マルスを退けるミネルヴァ』とともにエングレーヴィングを制作しています。パルマ・イル・ヴェッキオの息子であるパルマ・イル・ジョーヴァネは、ティツィアーノの弟子でしたが、むしろティントレットの様式に強い影響を受けており、本作品からも影響を受け、1600年から1610年頃に『三美神とメルクリウス』を制作しています。バロック期の画家ジュゼッペ・ディアマンティーニは、この作品の三美神の一人に衣服を着せて複製しました。

この作品以外の連作には以下のものがあります。

『ヴィーナスとアリアドネとバッカス』
『マルスを退けるミネルヴァ』
* 『ウルカヌスの鍛冶場』

これらの作品と合わせて、『三美神とメルクリウス』はティントレットの円熟期を代表する作品の一つとして高く評価されています。

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