ヴォルヴァ

ヴォルヴァ：北欧神話の女性シャーマン

はじめに

ヴォルヴァ（vǫlva）は、北欧神話に登場する女性シャーマン、あるいは予言者です。古ノルド語に由来するこの言葉は「杖を運ぶもの」を意味し、彼女たちの神秘的な力と社会的地位の高さを示唆しています。日本の文献ではしばしば「巫女」と訳されますが、その役割や能力は、単なる巫女とは異なる複雑さを持ちます。本稿では、ヴォルヴァの名称、歴史的記述、社会における地位、儀式、そして現代における影響までを多角的に考察します。

名称と語源

ヴォルヴァは様々な名称で呼ばれていました。古ノルド語の *walwōn に由来する vǫlva は、「魔法の杖を持つ者」を意味します。ヴァラ（vala）は vǫlva の文学的な表現です。また、フィヨルクンニグ（fjǫlkunnig、「多くを知る者」）という別名も、彼女たちの知識の深さを示しています。セイズ（seiðr、魔術・予言）を行う女性は、セイズコナ（seiðkona）と呼ばれました。スパーコナ（spákona）は「予言者」を意味し、特定の能力を持つヴォルヴァを指します。spá の語源は、見る、観察するという意味のインド・ヨーロッパ祖語語幹にまで遡り、現代英語の spy とも関連付けられます。

概要

ヴォルヴァは、セイズ、予言、ガルドル（galdr、呪文）など、様々な魔法の儀式を行いました。特にセイズは、男性にとって屈辱的とされた「エルギ（女々しさ）」を伴うものでした。しかし、ヴォルヴァは社会で非常に尊敬されており、神々の王オーディンですら、彼女たちに助言を求めたとされています。『巫女の予言』（Völuspá）は、ヴォルヴァによる預言詩として有名です。他にも、グローア（『スヴィプダグルの歌』）、ソルビョルグ（『赤毛のエイリークのサガ』）、フルズ（『ユングリング家のサガ』）など、多くのヴォルヴァが北欧文学に登場します。ヴォルヴァは、単なる予言者ではなく、戦いに影響を与える力を持つ存在として描かれることもあります。

初期の記述

ゲルマンの女性予言者に関する最古の記述は、ローマの歴史家カエサルやタキトゥスによるものです。彼らは、ゲルマン族の女性が、生贄を捧げ、未来を予言する様子を記録しています。ヨルダネスの『ゲティカ』には、ゴート族の女性予言者に関する記述があります。また、921年のヴォルガ・ブルガールへの外交使節団の記録には、スカンディナヴィアの首長の葬儀における人身御供と、老女（ヴォルヴァの一種）による儀式の様子が詳細に記されています。

ヴァイキング社会

ヴァイキング社会において、ヴォルヴァは旅をしながら各地を巡り、人々の運命を予言したり、助言を与えたりしました。彼女たちは高い地位と権威を持ち、報酬も高く設定していました。貴族階級の女性の中には、女神フレイヤに仕え、ミズガルズ（人の世界）で彼女の代理として活動した者もいました。彼女たちは、単に家事に従事するだけでなく、織物を通して戦いの行方に影響を与えたとも考えられています。考古学的な遺物や文献からは、彼女たちの魔法的な実践が裏付けられます。

サガによる情報

様々なサガには、ヴォルヴァに関する詳細な記述があります。『ノルナ＝ゲストの話』、『植民の書』、『赤毛のエイリークのサガ』などでは、ヴォルヴァの容姿、儀式、予言などが描かれています。『赤毛のエイリークのサガ』では、飢饉に見舞われたグリーンランドの入植者たちが、ヴォルヴァ、ソルビョルグを招き、彼女の予言によって危機を回避した様子が語られています。これらの記述から、ヴォルヴァの服装や儀式に使われた道具などがわかります。

考古学的記録

スカンディナヴィアでは、多くの女性の墓から杖（seiðstafr）が発掘されています。これらの杖は、ヴォルヴァが社会で高い地位にあったことを示唆しています。デンマークのフュアカトの墓や、ノルウェーのオーセベリ船の墓からは、豪華な副葬品と共にヴォルヴァの遺物が発見されており、彼女たちの社会的地位の高さを裏付けています。また、大麻の種などが発見されたことから、薬物使用の可能性も示唆されています。

杖と機織り

ヴォルヴァの杖は、糸巻き棒に似ており、機織りと関連付けられる場合があります。機織りの行為は、運命の糸を紡ぐノルン（運命の女神）の行為と関連付けられ、ヴォルヴァの魔術的行為との関連性が示唆されています。

性的な儀式と薬物

古代北欧社会において、魔術と性的な側面は密接に関連していました。ヴォルヴァの中には、誘惑術や薬物を用いたものもいたと考えられています。フュアカトのヴォルヴァの墓から発見されたヒヨスは、媚薬としても使用された可能性があります。

その他の施術

ヴォルヴァは、太鼓を用いたり、瞑想や内観を行う「ウーティセタ（útiseta）」と呼ばれる方法を用いたりすることもありました。「ウーティセタ」は、野外で占いや魔術を行うことを指し、法律で禁止されていた行為でした。

男性の施術者

セイズを行うのは女性だけではありませんでした。男性の施術者（seiðmenn）も存在しましたが、女性とは異なり、社会的な地位は低く、迫害されることもありました。

消滅

キリスト教の普及とともに、ヴォルヴァの信仰は衰退していきました。しかし、現代では、異教の再建主義などを通して、ヴォルヴァの教えが再び注目を集めています。

フィクション

ヴォルヴァや、それに類似する女性シャーマンは、多くのフィクション作品にも登場し、その神秘的なイメージは人々の想像力を掻き立て続けています。

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