七重奏曲 (サン＝サーンス)

カミーユ・サン＝サーンスの七重奏曲 変ホ長調 作品65は、彼の数ある室内楽曲の中でも特に際立った存在感を放つ作品です。その最大の理由は、従来の室内楽では極めて珍しい楽器であるトランペットが編成に含まれている点にあります。

特異な編成とその背景

この作品の編成は、トランペット1、ヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ1、コントラバス1、ピアノ1による七重奏です。このような編成は、サン＝サーンスの作品の中だけでなく、室内楽という広いジャンル全体を見渡しても、類例を見つけることが困難です。実際、この作品以前にトランペットを含む本格的な室内楽曲の例を探すのは難しく、挙げられるのはヨハン・ネポムク・フンメルの七重奏曲 作品114（ピアノ、フルート、クラリネット、トランペット、ヴィオラ、チェロ、コントラバス）程度でしょう。

この作品が生まれた背景には、当時のサン＝サーンスを取り巻く環境がありました。作品は、数学者でありアマチュア音楽家でもあったエミール・ルモワーヌが1867年に設立した室内楽協会「ラ・トロンペット（La Trompette）」のために書かれました。トランペットを含む編成は、ルモワーヌからの具体的な要望であったと言われています。サン＝サーンスは当初、この編成の奇抜さをからかい、「ギターと13本のトロンボーンのための曲でも書いた方がいい」とルモワーヌに伝えたという逸話も残っています。

作曲から初演、そして完成へ

作曲は段階的に進められました。まず、1879年12月29日に第1楽章のみが新年の贈り物としてルモワーヌのもとに届けられ、年が明けた1880年1月6日に初演されました。サン＝サーンスはこの初演に満足し、その後、第1楽章の自筆譜に続いて残りの楽章を書き加えていきました。こうして完成した全曲は、ほぼ1年後の1880年12月28日に初演を迎えています。この全曲初演では、作曲者自身がピアノパートを担当しました。

作品の完成当初、サン＝サーンスはこの曲に『組曲』というタイトルを付けることを考えていたようですが、後に撤回され、現在の『七重奏曲』というタイトルに落ち着きました。

音楽的な特徴と革新性

この七重奏曲は、音楽的な面でも興味深い特徴を持っています。当時のフランス室内楽がベートーヴェンやシューマンといったドイツの作曲家から強い影響を受けていた状況に対し、サン＝サーンスは意図的にバロック音楽の形式を取り入れることで、その慣習を打ち破ろうとした試みと解釈されています。例えば、第1楽章や第4楽章に見られるフガートの手法などが挙げられます。

作曲が比較的短期間で行われたこともあり、モチーフの徹底的な展開が少なかったり、和音進行が比較的単純であったりするなど、古典派以降の形式論から見ると構造的に整っていない部分も散見されます。しかし、こうした特徴が、かえってこの作品に独特の魅力と新鮮さをもたらしているとも言えます。この作品は当時としては非常に革新的であり、後の新古典主義の潮流にも影響を与えた可能性が指摘されています。

楽器法に関しても、トランペットの持つ華麗な響きを効果的に活用するための工夫が凝らされています。例えば、コントラバスを常にチェロの音に重ねて厚みを加えたり、ピアノを協奏曲のように他の楽器群と対比させたりといった手法が見られます。さらに、楽譜には弦楽器を2倍の人数で演奏することや、弦楽合奏として演奏することといった演奏上の提案も記されており、サン＝サーンスがこの作品で多様な響きの可能性を探求していたことがうかがえます。

全曲の演奏時間は約17分から18分程度です。

構成

この七重奏曲は、それぞれフランス語の表題を持つ4つの楽章で構成されています。

第1楽章 「序」（Préambule） アレグロ・モデラート、変ホ長調、4分の4拍子。
ピアノと弦楽器がユニゾンで力強く始まり、トランペットがすぐに変ホ長調の調性を確立します。意気揚々とした主要主題に続き、トランペットによる特徴的な「運命」のリズムが現れると、速度を上げたピウ・アレグロとなりフガートが開始されます。行進曲風のリズムやピアノの技巧的なパッセージに中断されながらもフガートは展開し、変ホ長調の主和音を強調するコーダで結ばれます。

第2楽章 メヌエット（Menuet） モデラート、変ホ長調、4分の3拍子。
きびきびとしたテンポで進むメヌエットです。後半部分では、各楽器が対位法的に複雑に絡み合います。中間部のトリオでは、ピアノの軽やかなアルペジオに乗って、トランペットと弦楽器が滑らかで叙情的な旋律を歌います。このトリオの旋律は、サン＝サーンスの友人で作曲家でもあるガブリエル・フォーレの歌曲「秘密」作品23-3との関連性が指摘されています。

第3楽章 間奏曲（Intermède） アンダンテ、ハ短調、4分の4拍子。
この楽章は初演当初、「葬送行進曲」（Marche funèble）というタイトルが付けられていました。ロマン派音楽、特にシューマンのピアノ五重奏曲第2楽章をパロディ化したものではないか、とも言われています。第1楽章にも現れたピアノの重々しいリズムに乗って、各楽器が憂鬱で物悲しい旋律を歌い交わす、瞑想的な楽章です。

第4楽章 ガヴォットとフィナーレ（Gavotte et final） アレグロ・ノン・トロッポ、変ホ長調、2分の2拍子。
第3楽章の陰鬱な雰囲気とは対照的に、明るく軽快なガヴォットで始まります。このガヴォットは、強拍と弱拍を意図的にずらすようなリズム処理が特徴的です。中間部ではトランペットによる信号音形が主題として登場します。後半は再び速度を上げたピウ・アレグロとなり、第1楽章の主題を用いたフガートが展開します。行進曲風のリズムも再び現れ、最後は速度を上げてアニマートとなり、華々しく全曲が締めくくられます。

この七重奏曲は、サン＝サーンスの作曲家としての実験精神と、バロック音楽への深い敬意が融合した、他に類を見ない個性的な傑作と言えるでしょう。作曲者自身やフォーレによる編曲版も存在し、様々な形で親しまれています。

されています。

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