七重奏曲 (ベートーヴェン)

ベートーヴェン:七重奏曲 変ホ長調 作品20



ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン1799年から1800年にかけて作曲した七重奏曲 変ホ長調 作品20は、クラリネットファゴットホルンヴァイオリンヴィオラチェロコントラバスという7つの楽器のために書かれた室内楽曲です。ベートーヴェンの初期作品の中でも特に成功を収めた傑作の一つとされており、同時代の交響曲第1番などと共に、作曲家が古典派の様式を学びつつ、独自の音楽語法を模索していた時期に生み出されました。

この作品は、完成直後から聴衆に熱狂的に迎え入れられ、その人気ぶりは出版前から楽譜の海賊版が出回るほどだったと言われています。明るく親しみやすい旋律と、力強く堂々としたリズムに満ちており、当時のサロン文化で親しまれるような、娯楽性の高い作品として構想されました。モーツァルトのディヴェルティメントなど、先行する作曲家の娯楽音楽の伝統を受け継ぎながらも、随所に後のベートーヴェンの個性を予感させる要素が含まれており、特に第5楽章のスケルツォはその典型と言えるでしょう。

しかし、この作品の絶大な人気とは対照的に、ベートーヴェン自身は終生、本作が自身の代表作として語られることに複雑な感情を抱いていたと言われています。「あの七重奏曲のベートーヴェンさん」と形容されるたびに不快感をあらわにしたという逸話も伝えられており、これは彼が本作を、自身の芸術的な探求とは異なる、より大衆的な嗜好に迎合した作品と見なしていたためと考えられます。彼はこの作品の人気に甘んじることなく、常に新たな音楽の地平を切り拓こうとしていたのです。

七重奏という編成は、同時代のシュポーアやフンメルといった古典派から初期ロマン派にかけての作曲家によってもしばしば用いられましたが、後のブランやブルッフなどもこの編成で作品を残しています。また、シューベルトは本作に触発されて、後に自身の八重奏曲を書き上げたと言われています。シューベルトの八重奏曲は、ベートーヴェンの七重奏曲の編成にヴァイオリンを一本加えたものとなっています。

音楽評論家の砂川しげひさは、本作を「ベートーヴェンが三十歳で世を去ったとしても、永く後世に残ったであろう作品」と高く評価する一方、「この曲を聴きながら食事をしていた貴族は、あまりの素晴らしさに七転八倒したに違いない」とユーモアを交えてその魅力を表現しています。

楽器編成

クラリネット(B♭管)
ファゴット
ホルン
ヴァイオリン
ヴィオラ
チェロ
コントラバス

曲の構成

全6楽章で構成されており、演奏時間は繰り返しの有無を含めて40分から45分程度です。

第1楽章 アダージョ - アレグロ・コン・ブリオ変ホ長調、4分の4拍子、ソナタ形式。重厚な序奏に続き、ヴァイオリンによって堂々とした第一主題が提示されます。
第2楽章 アダージョ・カンタービレ変イ長調、8分の9拍子。緩徐楽章にあたり、クラリネットが叙情的な美しい旋律を奏でます。
第3楽章 テンポ・ディ・メヌエット - トリオ変ホ長調、4分の3拍子。メヌエット形式。主部で弦楽器が奏でる旋律は、同時期のピアノソナタ第20番の第二楽章から転用されています。トリオでは管楽器が活躍します。
第4楽章 主題と変奏:アンダンテ変ロ長調、4分の2拍子、変奏曲形式。変奏に用いられる主題は民謡からの引用に基づくとされています。
第5楽章 スケルツォ:アレグロ・モルト・エ・ヴィヴァーチェ - トリオ変ホ長調、4分の3拍子。スケルツォホルンの軽やかな分散和音とヴァイオリンの応答によるスケルツォ主部と、チェロが流麗な旋律を歌うトリオからなります。
* 第6楽章 アンダンテ・コン・モート・アッラ・マルチャ - プレスト変ホ短調 - 変ホ長調、4分の4拍子、ソナタ形式。重厚で厳粛な序奏で始まります。序奏の後、チェロの伴奏に乗ってヴァイオリンが力強く堂々とした第一主題を奏でます。第五楽章にも現れたホルンの特徴的な分散和音がリズムを変えて再び登場し、続いてヴァイオリンチェロが流れるような第二主題を提示します。展開部の終盤には、協奏曲を思わせるようなヴァイオリンカデンツァ風ソロが置かれています。再現部を経て、最後はベートーヴェンらしい力強さと華やかさをもって曲を締めくくります。

ピアノ三重奏曲

七重奏曲 作品20は、ベートーヴェン自身が編曲を手がけたピアノ三重奏曲 変ホ長調 作品38としても存在します。こちらは1805年に出版され、編成はクラリネット(またはヴァイオリン)、チェロ、そしてピアノのための三重奏となっています。

七重奏曲 作品20は、初期ベートーヴェンの瑞々しい感性と、後の偉大な作曲家へと繋がる革新性が同居した、魅力あふれる作品として、今日でも多くの音楽愛好家に親しまれています。

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