三矢研究

三矢研究（みつやけんきゅう）とは

三矢研究とは、1963年（昭和38年）に自衛隊統合幕僚会議が極秘裏に行った机上作戦演習（シミュレーション）のことです。正式名称は「昭和三十八年度総合防衛図上研究」といいます。名前の由来は、「三十八年の研究」であることと、毛利元就の「三本の矢」の故事に倣い、陸・海・空の三自衛隊の統合運用を意味するところから名付けられました。

研究の概要

この研究は、紛争発生を想定したオペレーションズ・リサーチであり、統合幕僚会議が図上研究として実施しました。統裁官は統幕事務局長の田中義男陸将が務め、統合幕僚会議の佐官級16名と、陸・海・空の幕僚監部から佐官級36名の計52名が参加し、1963年2月1日から6月30日までの約5ヶ月間にわたり行われました。

研究内容

目的

研究の主な目的は、朝鮮半島で武力紛争（第二次朝鮮戦争）が発生し、それが日本に波及した場合を想定し、非常事態に対する日本の防衛のための自衛隊の運用、および関連する諸般の措置や手続きを統合的な観点から研究することでした。

シナリオ

具体的なシナリオは、以下のように展開します。

1. 第一動: 昭和3X年4月、韓国軍の一部で反乱が発生し、在韓米軍が鎮圧に出動。これに呼応するように日本国内の治安が悪化。
2. 第二動: 北朝鮮でも動きが活発化し、反乱軍への支援が行われる。
3. 第三動: 38度線を北朝鮮を主体とする共産軍が南下し、第二次朝鮮戦争が勃発。西日本への武力侵攻の危機が高まる。
4. 第四動: 韓国国内の情勢悪化に伴い、日本国外からの武力脅威が増大。自衛隊は米軍との共同作戦を開始。
5. 第五動: 西日本が攻撃を受け、北日本ではソ連による武力侵攻の危機が増大。朝鮮半島では戦術核が使用される。
6. 第六動: ソ連が北海道に進攻を開始し、自衛隊と米軍の共同作戦が本格化。
7. 第七動: 日本全土に対してソ連軍による本格的な海空攻撃が行われ、全戦場で核兵器が使用される。日本は壊滅的な損害を被り、最終的にアメリカ合衆国がサハリン、北朝鮮、満州、中国への反攻および核報復によって勝利する。

これらのシナリオを基に、各段階における問題点の洗い出しが行われました。研究では、核兵器の使用を想定しつつも、全面戦争に至らず局地紛争に留めるための対応策が検討されました。日米共同作戦においては、攻勢面を米軍が、防勢面を自衛隊が担当。間接侵略には自衛隊が国内治安維持にあたり、外部からの侵略抑制には米軍が対応。直接侵略に対しては自衛隊が防勢面を担当し、米軍が全般支援を行うという役割分担が想定されました。

研究では、国家機関と国民の総動員態勢を確保するため、軍法会議関連など87件の戦時諸法令を国会に提出し成立させる（「非常時」としてクーデター的あるいは同時進行で整備中の想定を前提に2週間程度で）国家総動員体制を整備する想定もありました。当時の自衛隊の作戦計画は国家機密であり不明確ですが、この研究は米ソデタント時代まで日本の防衛戦略の前提的な研究であったと考えられます。

研究の発覚

1965年（昭和40年）2月10日の衆議院予算委員会において、社会党の岡田春夫議員がこの研究の存在を暴露しました。これにより、一般的に研究の存在が知られることとなり、衆議院では松野頼三議員を小委員長とする「防衛図上研究問題等に関する予算小委員会」が設けられ、11回にわたって集中的に問題点の追求が行われました。

三矢研究問題

岡田議員による研究の暴露は、政府を大きく揺るがしました。野党は、研究の全資料の提出を求め、以下の3点を中心に追及しました。

三矢研究の性格と責任の所在
政治領域への介入と軍事優先の考え方
シビリアンコントロールの不在

これに対し、防衛庁側は以下の点を主張し反論しました。

当該研究は統合幕僚会議事務局長が長として行った研究であり、結論を出すための計画ではなく、あくまで研究である。
有事の際の統合運用を中心議題としたものであり、防衛庁以外の諸機関の施策は想定であり、非常立法についてもそれぞれの機関が処理することが想定されており、核兵器の問題も政治判断を待つとした。
国会と自衛隊、政府と自衛隊、防衛庁内局と各幕僚監部の関係を見た際、シビリアンコントロールは成立している。

この問題の中で、就任間もない佐藤栄作首相は不用意な発言を行い、主導権は社会党側にありました。しかし、松野頼三議員は委員長としての功績を評価され、1965年6月の第1次佐藤第1次改造内閣で防衛庁長官に起用されました。三矢研究問題は、その後の国会において防衛問題をタブー視する風潮を助長する契機となりました。

三矢研究が外部に漏洩したことは防衛庁内で問題となりましたが、漏洩者は特定されないまま、1965年9月に三輪良雄防衛事務次官をはじめ26人に注意・戒告などの処分が下されました。岡田議員は、資料提供者が作家の松本清張氏であったことを自伝で明かしましたが、松本氏が資料をどこから入手したのかは不明です。

その他

三矢研究を実施したのは第2次池田第2次改造内閣の防衛庁長官、志賀健次郎の時期であり、研究が発覚した1965年当時の第1次佐藤内閣の防衛庁長官は小泉純也でした。また、1978年には当時の統合幕僚会議議長であった栗栖弘臣陸将が、「首相の防衛出動命令がない場合、自衛隊の第一線部隊指揮官は超法規的措置で対応することがあり得る」と発言し、政治問題化した後に議長職を解任されました。しかし、栗栖氏の解任の2日後、福田赳夫首相が防衛庁長官の三原朝雄氏に有事法制研究を命じたことで、これまで非公式に行われてきた有事法制研究が公式に行われることとなりました。

三矢研究の発覚から26年後の1991年にはソ連が崩壊し、38年後の2003年には、小泉純也の息子である小泉純一郎が内閣総理大臣の時代に、武力攻撃事態法が制定されました。

脚注

黒川雄三『近代日本の軍事戦略概史』（芙蓉書房出版、2003年）
草地貞吾『自衛隊史1984年版』（日本防衛調査協会、1984年）
藤原彰『日本軍事史』下巻（社会批評社、2007年）

関連項目

有事法制
有事
国家総動員法
高品武彦
栗栖弘臣

外部リンク

『三矢研究』 - コトバンク
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第48回国会 衆議院 予算委員会 第10号 昭和40年2月10日
第48回国会 衆議院 予算委員会防衛図上研究問題等に関する予算小委員会 第1号 昭和40年2月24日
第48回国会 衆議院 予算委員会防衛図上研究問題等に関する予算小委員会 第2号 昭和40年2月26日
第48回国会 衆議院 予算委員会防衛図上研究問題等に関する予算小委員会 第3号 昭和40年3月12日
第48回国会 衆議院 予算委員会防衛図上研究問題等に関する予算小委員会 第4号 昭和40年3月19日
第48回国会 衆議院 予算委員会防衛図上研究問題等に関する予算小委員会 第5号 昭和40年3月23日
第48回国会 衆議院 予算委員会防衛図上研究問題等に関する予算小委員会 第6号 昭和40年4月1日
第48回国会 衆議院 予算委員会防衛図上研究問題等に関する予算小委員会 第7号 昭和40年4月7日
第48回国会 衆議院 予算委員会防衛図上研究問題等に関する予算小委員会 第8号 昭和40年4月15日
第48回国会 衆議院 予算委員会防衛図上研究問題等に関する予算小委員会 第9号 昭和40年4月22日
第48回国会 衆議院 予算委員会防衛図上研究問題等に関する予算小委員会 第10号 昭和40年5月7日
第48回国会 衆議院 予算委員会防衛図上研究問題等に関する予算小委員会 第11号 昭和40年5月13日

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