下総国葛飾郡大嶋郷戸籍

下総国葛飾郡大嶋郷戸籍について

下総国葛飾郡大嶋郷戸籍は、721年（養老5年）に作成された、奈良時代の戸籍です。正倉院に保存されていた文書の一つで、古代律令制下の戸籍としては数少ない現存資料として知られています。この戸籍は、当時約1200人が居住していたとされる大嶋郷の人々の記録であり、当時の村落や家族、社会の様子をうかがう上で非常に貴重な史料です。

史料としての特徴

古代日本の戸籍は、6年に一度編纂され、30年間保存された後に廃棄されるのが原則でした。しかし、当時は紙が貴重であったため、廃棄された戸籍は再利用されることが多く、この戸籍も例外ではありませんでした。東大寺写経所において帳簿として再利用されたため、この戸籍は紙背文書として残存することになりました。再利用の過程で紙の加工が行われたため、原型は損なわれていますが、幸いにも内容を読み取ることが可能です。

この史料は、江戸時代末期に考証学者である穂井田忠友によって「再発見」されました。穂井田忠友によって成巻された「正倉院古文書正集」に収録されており、歴史研究において重要な資料として扱われています。

また、史料名について、「葛飾郡」を「葛餝郡」、「大嶋郷」を「大島郷」と表記する場合があります。これは、原本の字体や異なる表記を反映させたものです。

戸籍の内容

この戸籍によると、大嶋郷は甲和里、仲村里、嶋俣里の3つの里から構成されていたことがわかります。嶋俣里は現在の東京都葛飾区柴又付近に比定される説が有力ですが、異説も存在します。

この戸籍は、715年から740年頃にかけて行われていた郷里制のもとで作成された最初の戸籍です。同年の戸籍としては、他に下総国の倉麻郡意布郷、釬托郡山幡郷のものが残存していますが、大嶋郷の戸籍が最も多くの人数を含んでいます。この戸籍から、当時の戸（郷を構成する単位）や房戸（郷戸を構成する小家族集団）の様子を具体的に知ることができます。

郷里制と戸籍

律令国家では、大化改新以降、戸籍は50戸を単位とする「里」ごとに作成されていました。しかし、715年に郷里制が施行されると、それまでの里が「郷」と称されるようになり、郷は3つの里に区分されました。この制度変更により、行政の末端組織が強化され、班田収受や課税徴収が効率的に行われるようになりました。

戸の編成についても変更があり、郷を構成する戸を郷戸、その中の小家族集団を房戸としました。郷戸数は50戸と定められましたが、房戸数に規定はありませんでした。これは、中国唐の制度とは異なる点です。

しかし、郷里制は自然村落を無視した制度であったため、期待されたほどの成果を上げることができず、739年に廃止され、里と房戸を廃止する郷制へと移行しました。

大嶋郷戸籍によると、大嶋郷には130房戸、1191人が居住していたことがわかります。内訳は、甲和里に44房戸454人、仲村里に44房戸367人、嶋俣里に42房戸370人です。1房戸あたりの平均人数は約9.1人でした。

大嶋郷の人々

大嶋郷戸籍に記録された人々の姓を見ると、孔王部（あなほべ）姓の者が圧倒的に多数を占めています。その他、刑部、私部、長谷部、土師部といった姓も見られますが、少数であり、婚姻などを通じて大嶋郷周辺から移り住んできたと考えられます。

戸籍には、孔王部姓で「刀良（とら）」という33歳の男性と、同じく孔王部姓で「佐久良賣（さくらめ）」という34歳の女性の名前が記録されています。これらの名前は、映画「男はつらいよ」の主人公とその妹の名前と同じであることから、話題となりました。

大嶋郷の比定地

大嶋郷の比定地については、いくつかの説が存在します。

東京都江戸川区小岩、葛飾区水元小合町、同区柴又の、いずれも太日川（江戸川）の自然堤防上とする説。
埼玉県幸手市（旧・上高野村）の甲和里、杉戸町（旧・下高野村及び大島村）の仲村里、久喜市（旧・鷲宮村）字穴辺の嶋俣里とする説。

東京説では、地名から嶋俣里を柴又と推定し、甲和里は江戸川区小岩付近としています。仲村里については諸説あります。

埼玉説は、葛飾御厨に嶋俣、今井、東一江といった地名が登場すること、杉戸町の永福寺龍燈山伝燈記に戸籍の仲村里の里正の伝承があること、杉戸集会所敷地内の香取神社が孔王部一族の氏神であるという伝承を持つことなどを根拠としています。また、『義経記』には、高野村の豪族が孔王部の末裔であるという記述があります。

なお、大嶋郷は平安海進があったとされる時期に文献から姿を消しています。

この戸籍は、古代日本の社会構造や人々の暮らしを理解するための貴重な手がかりを提供してくれます。

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