与那国島の防衛問題

与那国島は、日本の最西端に位置する重要な離島です。この島では、その地理的な位置から、かねてより日本の防衛に関する様々な課題が議論されてきました。

日本の政府は、2016年4月に施行された「有人国境離島地域の保全及び特定有人国境離島地域に係る地域社会の維持に関する特別措置法」（有人国境離島法）に基づき、与那国島を含む八重山列島など29地域を「有人国境離島地域」に指定しました。これにより、領海保全活動の拠点機能を維持するため、不法入国防止に向けた国の行政機関施設の設置や、港湾、道路、空港といった基盤整備が図られることになりました。この中には、防衛計画の大綱や中期防衛力整備計画に基づく自衛隊部隊の増強も含まれています。

外国籍船の活動と危機感

1990年代以降、沖縄近海では外国籍とみられる船舶の活動が確認されるようになります。特に1996年には、中華人民共和国が台湾の総統選挙に軍事的な圧力をかけた第三次台湾海峡危機が発生。この際、台湾に面する与那国島の沖合に、中国人民解放軍が威嚇目的で発射した弾道ミサイルが着弾するという事態が発生し、地元の漁業者は一時的に操業を中断せざるを得なくなりました。

その後も、中国漁船による領海侵犯や、中国の軍艦、海洋調査船の活動が頻繁に確認されるようになりました。海上保安庁や海上自衛隊は、これらの外国船の動向を警戒し、排他的経済水域内での中国海洋調査船による不審な活動（海底の泥や海水採取など）や、日本の主張する排他的経済水域に対する同意を拒否する返答なども記録しています。2000年代に入ると、中国海軍艦艇が沖ノ鳥島近海にまで進出する事例や、海洋監視船が海上保安庁の測量船を追跡するといった事案も報告され、沖縄近海における外国船、特に中国船の活動活発化が日本の防衛当局にとって重要な懸念事項となりました。

自衛隊誘致への動きと配備計画

こうした状況を受け、与那国島では防空識別圏の見直し要望や、与那国町議会による自衛隊誘致の決議といった動きが起こりました。国境の島としての防衛体制の不備（駐在警察官が2名のみで火器も限定的であったこと）や、島の活性化への期待が誘致の背景にありました。この地元からの声に応じ、2010年には当時の北澤俊美防衛大臣が南西諸島、特に与那国島への陸上自衛隊部隊配備に向けた調査費の計上を表明しました。

2010年12月には、防衛計画の大綱および中期防衛力整備計画において、約200人規模の沿岸監視隊を配備することが盛り込まれ、翌年度以降、調査費や用地取得、駐屯地整備などの予算が計上されていきました。地元では、隊員の消費活動による経済効果も期待されました。

町との交渉と合意形成

駐屯地の配備に向け、与那国町との間で用地契約に関する交渉が進められました。当初、町長側から基地設置に伴う協力費として高額な金額（10億円）が提示され、「迷惑料」とも表現されたことから、防衛省との間で金額に大きな隔たりが生じ、一時は配備先の見直しも検討される状況となりました。しかし、町長側が金額にこだわらない姿勢に転換し、土地の賃貸料を年間1,500万円とすることで防衛省と妥協点を見出しました。この賃貸契約議案は町議会で可決され、2013年6月には町と沖縄防衛局の間で仮契約が締結されました。その後の町長選挙でも自衛隊誘致推進派の町長が当選し、2014年3月には町有地を貸す正式契約が結ばれ、配備施設の建設が着工されました。

島内の賛否と住民投票

自衛隊配備計画に対して、与那国町内では賛否両論がありました。町議会選挙の結果、誘致賛成派と反対派が拮抗する状況となり、反対派主導で自衛隊配備の是非を問う住民投票条例が可決されました。2015年2月に実施された住民投票では、法的拘束力はないものの、投票権は中学生以上の未成年者や永住外国人にも認められました。高い投票率の中、開票結果は賛成多数となり、配備計画が信任される形となりました。一方で、反対派住民による工事差し止め仮処分申し立ても行われましたが、裁判所は武力衝突の懸念や電磁波の影響に関する訴えを退け、却下しています。

与那国駐屯地の開設と地域への影響

こうした経緯を経て、2016年3月28日に与那国駐屯地が開設され、陸上自衛隊の与那国沿岸監視隊が配備されました。部隊の任務は、敵を迎撃する離島警備ではなく、沿岸における情報収集に重点が置かれています。駐屯地は台湾を望む久部良地区に位置し、景観への配慮や島の希少な動植物を保護するためのビオトープ設置など、環境対策も行われています。また、島の中部には監視レーダーも建設されました。

自衛隊関係者とその家族の転入により、与那国島の人口は増加に転じ、町の財政にも住民税や駐屯地賃貸料の増収といった良い影響がありました。これらの財源を活用し、小中学校や幼稚園の給食費が無償化されるなど、具体的な恩恵も出ています。駐屯地側も、地域行事への参加や施設開放などを通じて地域との融和を図る努力を続けています。島の商店や学校には活気が戻る一方、選挙への影響など、新たな課題も指摘されています。

長年の懸案であった防空識別圏

与那国島の防衛問題に関連するもう一つの重要な課題として、防空識別圏の問題がありました。与那国島自体は日本の領土であり領土紛争はありませんが、かつて米軍が設定し、後に日本が継承した防空識別圏の境界線が島の東経123度線を通過していたため、島の上空の一部が台湾の防空識別圏に含まれるというねじれが生じていました。

これは、日本の領空であるにも関わらず、日本の防空識別圏が島の西側を十分にカバーしていないことを意味し、民間機の運航や自衛隊機の活動に潜在的な問題を抱える可能性がありました。例えば、台湾側から日本の空域に入る不審機の情報を日本側が迅速に得られない、あるいは自衛隊機が島の西側を目視で哨戒しにくいといった課題です。

しかし、2005年に与那国町の関係者が台湾側から得た情報により、台湾側は与那国島周辺の一部を自国の防空識別圏から除外して運用している実態が判明しました。これにより、直ちに民間航空に問題が生じる可能性は低いことが明らかになりましたが、日台間での認識のずれが生じた経緯は不明なままでした。この問題は国会でも取り上げられ、日本政府は台湾との関係も考慮しながら見直しを検討する姿勢を示しました。また、過去には台湾が与那国島近海を射撃訓練区域に設定し、地元漁業者の操業に影響を与えた事例もありました。

こうした状況を踏まえ、日本政府は2010年5月に防空識別圏の境界線を、与那国島から台湾側洋上へ約14海里分広げる形で設定し直す方針を決定し、同年6月に実施しました。この変更に対し、台湾側は事前に十分な連絡がなかったとして遺憾の意を表明しましたが、その後、実務面での変更はないことで両当事者間で合意が得られ、問題は解決に至ったことが明らかにされています。

与那国島の防衛問題は、その地理的な位置ゆえに外国の活動、自衛隊配備、そして防空識別圏といった多岐にわたる課題を含んでおり、これらの問題への対応を通じて日本の南西地域の防衛体制が強化されることとなりました。

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