防空識別圏

防空識別圏（ADIZ）とは

防空識別圏（Air Defense Identification Zone, ADIZ）は、各国が自国の防空上の必要性から、領空とは別に設定する空域のことです。英語の頭文字から「アディーズ」と呼ばれることもあります。

防空識別圏内では、常時防空監視が行われ、事前に飛行計画を提出せずに進入する航空機に対しては、識別のための情報提供や証明が求められます。さらに、領空侵犯の危険があると判断された航空機に対しては、軍事的な予防措置が取られることもあります。

この空域は、民間航空機の安全な航行のために国際的に割り当てられ、各国が管理する飛行情報区（FIR）とは異なる性質を持ちます。

防空識別圏の来歴

防空識別圏は、1941年の真珠湾攻撃を経験したアメリカ合衆国が、航空機による侵犯への対策として考案しました。攻撃を受けてから対処するのでは遅すぎるという認識から、1948年に沖合の海域を「アクティブ・ディフェンス・エリア」として指定し、1950年12月にはトルーマン大統領の命令に基づき、世界初のADIZが設定されました。

このADIZでは、航空機に対して位置報告と飛行計画の提出が義務付けられ、違反した場合には国籍を問わず処罰される可能性がありました。また、事前報告なしにADIZに進入した航空機に対しては、軍用機による対処行動が許可されました。

しかし、このような規定は、航空機の自由な航行を保障するシカゴ条約の原則に反するとして、国際法学者から国際法違反の疑いが指摘されました。にもかかわらず、各国政府はアメリカの措置を尊重し、自国にもADIZを設定する動きが広がりました。カナダ、フランス、ソビエト連邦、イギリスなどが、それぞれADIZを設定しました。

国際法においては、慣習が重要な法源となります。ADIZの設定が各国で一般化したことで、その慣行が法規範としての効力を持つようになり、一定の目的を達成するために必要な範囲内であれば、公空においても国家主権の行使が認められるようになりました。ただし、ADIZの具体的な規定内容は各国によって異なります。

ADIZ内であっても、領空外で通報を強制したり、実力を行使したりする行為は、公空における航行の自由を侵害するものとして違法とみなされます。しかし、通報のない飛行に対して、領空侵犯を防ぐために要撃機による監視を行うことの合法性については、国際的な見解の一致には至っていません。

日本の防空識別圏

日本においては、アメリカがADIZを設定した1950年当時、連合国軍の占領下にあり、アメリカ空軍が防空を担っていました。そのため、アメリカ本土と同様にADIZが設定されました。1952年に平和条約が発効し、日本が主権を回復すると、国土防空は航空自衛隊に移管され、ADIZもアメリカから日本へと引き継がれました。その結果、現在の日本の防空識別圏は、GHQが制定した空域をほぼそのまま使用しています。

ADIZの根拠としては、1969年に制定された「防空識別圏における飛行要領に関する訓令」（昭和44年防衛庁訓令第36号）があります。この訓令は、ADIZに進入するすべての航空機に対して、位置報告と飛行計画の事前提出を求めています。ただし、この訓令は行政規則であり、防衛省の職員以外には法的拘束力はありません。

しかし、対領空侵犯措置の実効性を高めることを目的としているため、実際には、位置報告を怠った民間機は自衛隊機によるスクランブルを受けることが多く、ほぼすべての航空機がこの訓令を遵守しています。

また、航空法第99条に基づき国土交通省が提供する航空情報（AIP）では、有視界飛行方式で国外からADIZを経由して日本国内に飛行する場合、飛行計画を航空管制機関に提出し、事前に提出した計画と異なる飛行を行う場合には、航空交通業務機関と航空自衛隊のレーダーサイトに無線で通報するよう要請しています。これはあくまで要請であり、法的義務ではありません。

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