中啓

中啓とは

中啓（ちゅうけい）は、日本の伝統的な扇の一種であり、末広（すえひろ）という別名でも知られています。一般的な扇が畳むと細く閉じるのに対し、中啓は折り畳んだ状態でも扇の上部が独特の形状で開いている点が大きな特徴です。この特徴から、主に儀礼や芸能といった公的な場面で用いられる格式高い扇として、古くから使われてきました。

特徴

中啓の最も顕著な特徴は、要（かなめ）を起点とする親骨が、他の扇のように真っ直ぐ閉じるのではなく、外側へと湾曲していることです。この構造により、扇を完全に折り畳んでも、上部、すなわち末広がりの部分が銀杏の葉のように自然と開いた状態になります。「中啓」という名称は、この形状に由来します。「啓く（ひらく）」という言葉から来ており、畳んでいるにもかかわらず「中ば（半ば）」開いているように見える状態を表しています。

歴史

日本で生まれた扇の原型は、骨の片面にのみ紙を貼った簡素なものでした。この日本の扇が中国に伝わると、向こうで改良が加えられ、骨の両面に紙を貼る形式が開発されます。この両面貼りの扇が日本へ逆輸入され、室町時代には日本でも普及しました。両面に紙を貼ると、当然ながら折り畳んだ時の厚みが増します。この厚みの増加が、扇の上端が開いてしまう状態を生み出し、これが偶然にも中啓の独特な形状の起源となりました。その後、製法が進み、両面貼りでありながら畳んだ際に末が広がらない、いわゆる「沈折（しずめおり）」という形式の扇も作られるようになります。しかし、中啓は初期の末が開いた形状を維持し続けました。これは、中啓が単に涼をとる道具というより、公家や武家といった支配階級の間で、儀礼や正式な場面における持ち物、時には笏（しゃく）に代わる具として用いられるようになったためです。

用途と儀礼

中啓は、その登場以来、多様な場面で儀礼的な道具として重んじられてきました。公家社会では、数ある扇の中でも最高位とされる檜扇（ひおうぎ）に次ぐ重要な位置を占め、儀式などで携帯されました。武家社会、特に江戸時代の徳川家のような大名家では、直垂（ひたたれ）、布衣（ほうい）、大紋（たいもん）といった格式の高い装束を着用する際の正式な持ち物とされました。また、日本の伝統芸能、具体的には能や狂言、そして歌舞伎の舞台においても、役柄や場面の雰囲気を表現する上で欠かせない小道具として、現代に至るまで使用され続けています。

なお、朝廷や公家で「末広」と呼ばれた中啓は、武家や芸能で用いられるものとは、細部の形式がやや異なるとされ、区別されていました。

神社における神事においても、中啓は重要な役割を担います。神職が祭儀の際に携帯し、懐中に収めた帖紙（たとうがみ）に添えるほか、神葬祭の遷霊儀式（せんれいぎしき）では、これを打ち鳴らして儀式を進行させる合図とすることもあります。出雲大社など、一部の神社では、神職が笏の代わりに中啓を用いる伝統的な慣習も存在します。

種類

中啓には、用途や格式に応じて様々な種類があります。骨の色は、清廉な白竹（しらたけ）が一般的ですが、鈍色（にびいろ）、黒色、朱色なども見られます。紙の色や絵柄も多岐にわたります。また、その特徴的な形状から、親しみを込めて「ぼんぼり」や「ぼんぼり扇」という別称で呼ばれることもあります。

このように、中啓は単なる扇という枠を超え、日本の歴史や文化、特に公的な儀礼、伝統芸能、神事といった場面と深く結びつき、その独特な形状とともに今日まで伝えられている象徴的な道具と言えるでしょう。

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