中国とブータンの関係

中華人民共和国とブータン王国の関係

中華人民共和国とブータン王国は、公式な外交関係を持たないながらも、歴史的に複雑な関係を築いてきました。両国は約470キロメートルの国境を共有しており、国境を巡る問題は潜在的な紛争の火種となっています。1980年代から、両国政府は緊張緩和を目指し、国境・安全保障問題について定期的に協議を行っていますが、根本的な解決には至っていません。

国境問題の歴史的背景

ブータンは、チベットと文化、歴史、宗教、経済の面で強い結びつきがありました。しかし、1950年代に中国がチベットを占領したことで、両国関係は緊張しました。ブータンは、チベットとは異なり、歴史的に中国の宗主国支配を受けたことはありません。また、イギリス領インド帝国時代にも、イギリスの宗主国支配も受けていませんでした。

ブータンと中国の国境は、公式には認められておらず、境界線も定められていません。1911年頃、中華民国はブータンの一部に対する領有権を主張しました。この主張は、1949年に中国共産党が中国本土を制圧した後、中華人民共和国に引き継がれました。毛沢東は、1939年に出版された著書で、「中国の正しい境界線にはビルマ、ブータン、ネパールが含まれる」と宣言しました。さらに、毛沢東の「西蔵五指」政策では、ブータンをチベットの一部、ひいては中国の一部とみなす考えを示しました。1959年には、中国が発行した地図に、ブータンを含む広範囲の地域が中国の領土として示されました。

1951年にチベット自治区政府と中国中央政府との間で「十七か条協定」が結ばれた後、中国はブータン国境付近に兵力を増強しました。これに対し、ブータンはラサから代表を撤退させました。1959年のチベット蜂起とダライ・ラマ14世のインドへの亡命は、ブータンにとって中国との国境の安全保障が不可欠なものとなるきっかけとなりました。約6000人のチベット難民がブータンに逃れましたが、その後、ブータンは難民流入を恐れて中国との国境を閉鎖しました。1959年7月には、中国人民解放軍がチベット占領に伴い、ブータンの飛地の一部を占領しました。この地域は、17世紀にガワン・ナムゲルからブータンに与えられ、300年以上にわたってブータンの統治下にありました。占領された地域には、ダルチェン、ラプラン寺、ガルトク、カイラス山の近くにあるいくつかの寺院や村が含まれていました。

1961年に中国が発行した地図には、ブータン、ネパール、シッキム王国（現インド・シッキム州）の領土が中国の領土として主張されていることが記されていました。中国兵やチベット人牧夫による領土侵入によって、ブータンは緊張状態に陥りました。ブータンは国境貿易を禁止し、国境を閉鎖し、インドとの軍事関係を強化しました。1962年の中印国境紛争では、ブータンはインド軍が自国領内を移動することを許可しましたが、インドの敗北により、インドのブータン防衛能力に懸念が生じました。そのため、ブータンはインドとの関係を維持しつつ、公式には中立の立場を取りました。ブータン国王は、議会において、ブータンと中国の間には4つの紛争地域があると述べました。紛争地域は、西のドクラムから、山の尾根に沿ってガモチェン、バタングラ、シンチェラを通り、アモチュまで続いています。ドクラムの紛争地域は89平方キロメートル、シンチュルンパとギューの紛争地域は約180平方キロメートルです。

国境協議と緊張の継続

1970年代まで、中印国境紛争を巡る中国との協議において、インドがブータンの意見を代弁していました。ブータンは1971年に国連に加盟して以来、より独立した外交政策を取るようになりました。ブータンは国連において、インドとともに中国の議席を中華民国ではなく中華人民共和国が占めることに賛成し、「一つの中国」政策を公然と支持しました。1974年には、ブータンはジグミ・シンゲ・ワンチュク国王の戴冠式に、駐インド中華人民共和国大使を招待しました。1984年には、中国とブータンは国境紛争を巡る年1回の直接協議を開始しました。1998年には、両国は国境の平和を維持するための二国間協定に署名し、中国はブータンの主権と領土保全を尊重することを確認しました。しかし、中国は1998年の合意に反して、ブータンが自国領と主張する地域に道路を建設し、緊張が高まりました。2002年には、中国は紛争地域の領有権を主張し、交渉の末、暫定合意に至りました。2016年8月には、ブータンのダムチョ・ドルジ外相が北京を訪問し、中国の李源潮副主席と第24回国境協議を行いました。

ドクラム危機 (2017年)

2017年6月29日、ブータン・インド・中国の三叉路であるドクラム地域での中国による道路建設に対し、ブータンは抗議しました。これにより国境警備が強化され、緊張が高まりました。インド軍が中国による道路建設を妨害した後、中国とインドの間で軍事的な対立が生じました。中国は、ドクラムは中国の領土であると主張する地図を公開し、領有権を主張しました。2017年7月には、中国がブータンとの間に「基本的な合意」があると主張しましたが、ブータンはこれを否定しました。2017年8月10日には、ブータンは「ドクラムは中国のもの」という中国の主張を拒否しました。

サクテン野生生物保護区を巡る新たな紛争

2020年6月2日、中国は国境協議において、これまで一度も議論されたことのない、ブータン東部のタシガン県にあるサクテン野生生物保護区の領有権を主張し、新たな紛争を引き起こしました。地球環境ファシリティ（GEF）の会議で、中国は同保護区への助成に異議を唱え、この地域が紛争地域であると主張しました。

まとめ

中国とブータンの関係は、領土問題を中心に緊張が続いています。国境協議は継続されていますが、根本的な解決には至っておらず、新たな紛争も発生しています。両国関係の今後の展開は、地域全体の安定に大きな影響を与える可能性があります。


関連項目

インドとブータンの関係
領土紛争の一覧

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