中村是公
中村是公（なかむら よしこと）は、慶応3年（1867年）に生まれ、昭和2年（1927年）に生涯を閉じた、明治・大正時代を代表する官僚であり、実業家、そして政治家でもありました。その経歴は多岐にわたり、南満洲鉄道株式会社（満鉄）の総裁、鉄道院総裁、さらには東京市長、貴族院議員といった要職を歴任しています。特に作家・夏目漱石との親密な友情はよく知られており、官僚らしからぬ豪放磊落な性格は多くの逸話として語り継がれ、「べらんめい総裁」「フロックコートを着た猪」「独眼龍」といったユニークな異名でも呼ばれました。
安芸国（現在の広島県広島市佐伯区）の酒造業を営む家に五男として生まれた是公は、幼名を登一といいました。初めの姓は柴野で、「よしこと」と読む名前でしたが、周囲からはもっぱら「ぜこう」と呼ばれていました。第一高等中学校時代に中村家へ養子に入り、その後は山口県出身として語られることもあります。漱石も彼を「ぜこう」と呼び捨てにし、是公は漱石を「金ちゃん」と呼ぶ間柄でした。
五日市小学校、広島尋常中学、第一高等中学校を経て、明治26年（1893年）に東京帝国大学法科大学を卒業後、大蔵省に入省。秋田県での勤務を経て、台湾総督府へと赴任します。ここで、後に是公の生涯を大きく左右することになる後藤新平と出会いました。後藤の腹心として、是公は祝辰巳、宮尾舜治とともに「後藤三羽烏」と称され、台湾総督府の事務官や各局長などの要職を務め、統治の基礎固めに貢献しました。後藤との深い信頼関係は、その後も長く続くことになります。
日露戦争後の明治38年（1905年）、日本は南満洲鉄道の権益を得ます。台湾での実績を買われた後藤新平が満鉄の初代総裁に就任すると、是公はまだ40歳に満たない若さで副総裁に抜擢されました。後藤は是公に人事を一任し、若い優秀な人材を積極的に登用させました。是公自身も一時関東都督府民政長官を兼務しています。1908年に後藤が逓信大臣として政府に戻ると、後藤は周囲の反対を押し切って是公を第2代満鉄総裁に据えました。是公は5年間という比較的長い期間、後藤の構想に基づき満鉄の基礎を固めることに尽力します。後藤が「大風呂敷」と評されたのに対し、是公の仕事ぶりは「ジミ主義」と形容されました。また、満洲におけるスポーツの普及・振興にも力を入れ、満鉄内に運動会を組織するなど、満洲が「運動王国の満洲」と呼ばれるようになる一因を作りました。1909年には親友の夏目漱石を満洲に招き、これが『満韓ところどころ』の執筆に繋がりました。同年10月、ハルビンで伊藤博文が暗殺された現場に居合わせ、是公自身も銃弾を受けましたが、幸いにも軽傷でした。しかし、大正2年（1913年）、当時の政友会総裁であった原敬の政治的意向により、不本意ながら満鉄総裁の職を追われることになります。これは満鉄に対する政党の介入の始まりとされ、多くの役員が是公に殉じる形で辞任しました。
その後、大正6年（1917年）には終身の貴族院議員に勅選されますが、これは寺内内閣の内務大臣兼鉄道院総裁であった後藤新平の推挙によるものでした。後藤は自らの鉄道広軌化計画を進める上で、議会対策として腹心の是公を必要としたのです。是公は鉄道院副総裁を経て、翌年には後藤の後任として鉄道院総裁に就任しました。しかし、寺内内閣の総辞職に伴い、わずか半年でその職を辞することになりました。
大正12年（1923年）に関東大震災が発生した後、大正13年（1924年）に再び後藤新平の強い推薦を受け、第9代東京市長に就任。震災からの東京の復興に尽力しました。しかし、大正15年（1926年）の市議会議員選挙で与党が敗北したことを機に辞任しました。その後は静かな生活を送っていましたが、昭和2年（1927年）3月1日、親友漱石と同じ胃潰瘍により60歳で急逝しました。墓所は東京の雑司ヶ谷霊園にあります。
是公の邸宅は、大正4年（1915年）に東京・渋谷（現在の渋谷区広尾）に建てられた約3,000坪の広大な敷地を持つものでした。この土地と建物は、後に「羽澤ガーデン」として利用され、数々の囲碁・将棋の対局や、結婚式場、レストランとして親しまれましたが、平成17年（2005年）に閉業。跡地の再開発計画には反対運動も起こり、最終的には建物や庭園の一部を保存する形で和解が成立しています。
その豪放な人柄の裏には、繊細な一面もありました。例えば、台湾総督府時代に後藤新平から厳しい叱責を受け、脳貧血を起こして倒れたというエピソードが残っています。夏目漱石の小説『こゝろ』に登場する人物「K」は、漱石の複数の友人の要素を組み合わせたと言われていますが、是公の生い立ちなどがその背景に利用されたとされています。また、第一高等中学校時代には漱石らと「十人会」を結成し、親交を深めました。同校時代の競漕会で優勝した際には、「おれは書物なんかいらないから」と言って、学校から贈られた蔵書を漱石に譲ったという逸話は、二人の友情をよく表しています。さらに、原敬が地元岩手県の山田線建設を推進した際には、貴族院で「猿住める国」への投資だと極端な反対論を展開し、時の鉄道大臣の講演で揶揄される一幕もありました。
安芸国（現在の広島県広島市佐伯区）の酒造業を営む家に五男として生まれた是公は、幼名を登一といいました。初めの姓は柴野で、「よしこと」と読む名前でしたが、周囲からはもっぱら「ぜこう」と呼ばれていました。第一高等中学校時代に中村家へ養子に入り、その後は山口県出身として語られることもあります。漱石も彼を「ぜこう」と呼び捨てにし、是公は漱石を「金ちゃん」と呼ぶ間柄でした。
五日市小学校、広島尋常中学、第一高等中学校を経て、明治26年（1893年）に東京帝国大学法科大学を卒業後、大蔵省に入省。秋田県での勤務を経て、台湾総督府へと赴任します。ここで、後に是公の生涯を大きく左右することになる後藤新平と出会いました。後藤の腹心として、是公は祝辰巳、宮尾舜治とともに「後藤三羽烏」と称され、台湾総督府の事務官や各局長などの要職を務め、統治の基礎固めに貢献しました。後藤との深い信頼関係は、その後も長く続くことになります。
日露戦争後の明治38年（1905年）、日本は南満洲鉄道の権益を得ます。台湾での実績を買われた後藤新平が満鉄の初代総裁に就任すると、是公はまだ40歳に満たない若さで副総裁に抜擢されました。後藤は是公に人事を一任し、若い優秀な人材を積極的に登用させました。是公自身も一時関東都督府民政長官を兼務しています。1908年に後藤が逓信大臣として政府に戻ると、後藤は周囲の反対を押し切って是公を第2代満鉄総裁に据えました。是公は5年間という比較的長い期間、後藤の構想に基づき満鉄の基礎を固めることに尽力します。後藤が「大風呂敷」と評されたのに対し、是公の仕事ぶりは「ジミ主義」と形容されました。また、満洲におけるスポーツの普及・振興にも力を入れ、満鉄内に運動会を組織するなど、満洲が「運動王国の満洲」と呼ばれるようになる一因を作りました。1909年には親友の夏目漱石を満洲に招き、これが『満韓ところどころ』の執筆に繋がりました。同年10月、ハルビンで伊藤博文が暗殺された現場に居合わせ、是公自身も銃弾を受けましたが、幸いにも軽傷でした。しかし、大正2年（1913年）、当時の政友会総裁であった原敬の政治的意向により、不本意ながら満鉄総裁の職を追われることになります。これは満鉄に対する政党の介入の始まりとされ、多くの役員が是公に殉じる形で辞任しました。
その後、大正6年（1917年）には終身の貴族院議員に勅選されますが、これは寺内内閣の内務大臣兼鉄道院総裁であった後藤新平の推挙によるものでした。後藤は自らの鉄道広軌化計画を進める上で、議会対策として腹心の是公を必要としたのです。是公は鉄道院副総裁を経て、翌年には後藤の後任として鉄道院総裁に就任しました。しかし、寺内内閣の総辞職に伴い、わずか半年でその職を辞することになりました。
大正12年（1923年）に関東大震災が発生した後、大正13年（1924年）に再び後藤新平の強い推薦を受け、第9代東京市長に就任。震災からの東京の復興に尽力しました。しかし、大正15年（1926年）の市議会議員選挙で与党が敗北したことを機に辞任しました。その後は静かな生活を送っていましたが、昭和2年（1927年）3月1日、親友漱石と同じ胃潰瘍により60歳で急逝しました。墓所は東京の雑司ヶ谷霊園にあります。
是公の邸宅は、大正4年（1915年）に東京・渋谷（現在の渋谷区広尾）に建てられた約3,000坪の広大な敷地を持つものでした。この土地と建物は、後に「羽澤ガーデン」として利用され、数々の囲碁・将棋の対局や、結婚式場、レストランとして親しまれましたが、平成17年（2005年）に閉業。跡地の再開発計画には反対運動も起こり、最終的には建物や庭園の一部を保存する形で和解が成立しています。
その豪放な人柄の裏には、繊細な一面もありました。例えば、台湾総督府時代に後藤新平から厳しい叱責を受け、脳貧血を起こして倒れたというエピソードが残っています。夏目漱石の小説『こゝろ』に登場する人物「K」は、漱石の複数の友人の要素を組み合わせたと言われていますが、是公の生い立ちなどがその背景に利用されたとされています。また、第一高等中学校時代には漱石らと「十人会」を結成し、親交を深めました。同校時代の競漕会で優勝した際には、「おれは書物なんかいらないから」と言って、学校から贈られた蔵書を漱石に譲ったという逸話は、二人の友情をよく表しています。さらに、原敬が地元岩手県の山田線建設を推進した際には、貴族院で「猿住める国」への投資だと極端な反対論を展開し、時の鉄道大臣の講演で揶揄される一幕もありました。
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