乙女峠マリア聖堂

乙女峠マリア聖堂：信仰と歴史が織りなす静かな聖地

島根県鹿足郡津和野町、津和野駅西側の山中に佇む乙女峠マリア聖堂は、日本の近代史における深い悲劇と、揺るぎない信仰の物語を伝える聖堂です。その歴史は、江戸時代末期から明治初期の隠れキリシタン弾圧に深く根ざしています。

聖堂が位置する山は、正式には枕流軒と呼ばれますが、地元では津和野城の城主の娘が埋葬されたという伝説から「乙女山」の名で親しまれてきました。1867年（慶応3年）、長崎で起きた大規模な隠れキリシタン弾圧（浦上四番崩れ）により、多くの信徒が各地に流罪となりました。その中に、153名の浦上村の信徒たちが、この津和野の地へと送られてきたのです。

彼らはまず長崎から船で安芸国廿日市へ、そしてそこから津和野街道を90キロメートルも徒歩で移動し、光琳寺に幽閉されました。津和野藩による改宗の勧誘は失敗に終わり、信徒たちは厳しい拷問を受け、1870年（明治3年）までに37名が殉教しました。

この過酷な状況の中、聖母マリアのような婦人が信徒たちの前に現れ、励ましたという伝説が残っています。この伝説は、カトリック広島司教区の司教によって聖母の出現として認められており、乙女峠マリア聖堂の歴史に神聖な輝きを与えています。ただし、カトリック教会全体としては未承認です。

1873年（明治6年）の禁教解除により、流罪となっていた信徒たちは故郷の長崎へと戻っていきました。しかし、この地で起きた悲劇は決して忘れられることはありませんでした。1939年（昭和14年）、カトリック広島司教区は光琳寺の跡地を購入し、1951年（昭和23年）に「聖母マリアと36人の殉教者に捧げる」聖堂として乙女峠記念堂を建立しました。この年、永井隆による『乙女峠』が刊行されたことも、この場所の名称に影響を与えています。その後、聖母マリアに献堂されたことから「マリア聖堂」と呼ばれるようになりました。

聖堂のステンドグラスには、当時の信徒たちの苦悩と信仰が鮮やかに描かれ、訪れる人の心を深く揺さぶります。毎年5月3日には「乙女峠まつり」が開催され、多くの人が殉教者を追悼し、祈りを捧げています。2019年2月5日には、カトリック広島司教区が37名の殉教者の「福者」認定に向けた調査を開始しました。

乙女峠マリア聖堂は、単なる聖堂ではありません。それは、信仰の強さと迫害の歴史、そして奇跡の伝説が複雑に絡み合った、静謐で力強い聖地です。静かに佇む聖堂は、訪れる人に、歴史と信仰の重みを静かに伝えています。その歴史的背景、そしてそこに宿る静寂は、多くの人の心を深く打つことでしょう。 静かに佇む聖堂を訪れ、歴史と信仰に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

もう一度検索