井上蘭台

井上蘭台：江戸の儒学者、その学問と戯作

井上蘭台（いのうえ らんだい）は、宝永2年（1705年）に江戸で生まれ、宝暦11年（1761年）に没した江戸時代中期の儒学者であり、戯作者としても名を残しました。備前岡山藩に仕え、その学識とユーモアに富んだ人柄で多くの人に影響を与えました。

生涯

幕府侍医の家に生まれた蘭台は、21歳で天野曾原に入門後、昌平黌で林鳳岡に師事しました。25歳で林家員長に任ぜられ『馴象俗談』を著します。36歳で備前岡山藩に招聘され、侍講となります。朝鮮通信使が岡山を通過する際には、その接遇に尽力しました。晩年は江戸で過ごし、56歳で没しました。彼の墓は谷中霊園にあります。

蘭台は、食事の前に必ず笑顔を見せることを日課としていたそうです。その明るい人柄を示すエピソードですが、生涯妻帯せず、ストイックな生活を送った一面も持ち合わせていました。しかし、自身の価値観を他者に押し付けることはなく、常に鷹揚な態度であったと伝えられています。実子はおらず、井上四明を養子に迎えました。

学風

蘭台は、弟子たちの個性を尊重する自由な学風を重んじました。弟子たちには、他者の学説に頼るのではなく、自分の興味に従って才能を伸ばすべきだと説きました。門弟とは友人のように接し、決して驕ることはありませんでした。それは、儒者であるためには孔子を師とすべきであり、師弟関係はそれ以上のものではないと考えていたからです。道を同じくする者は朋友であり、年長者として手助けをするのみ、という彼の信念は生涯変わることがありませんでした。

このような自由な学風のもと、多くの個性的な俊英が育ち、後に各方面で活躍しました。

学問

蘭台は、折衷学派の鼻祖とされています。朱子学を批判的に捉え、荻生徂徠や伊藤仁斎の学問についても同様でした。ひたすら孔子の道を追求し、古学的な方法に近づいた結果、徂徠や仁斎の学問と共通する部分も持つようになりました。

詩と戯作

蘭台は、古文辞派の詩風を尊重しつつも、格調にこだわりすぎず、平明な詩作をしました。また、そのユーモアのセンスを戯作にも発揮し、玩世教主の名で『唐詩笑』や『小説白藤伝』を発表しました。これらの作品は、井上金峨との共同制作であり、『唐詩笑』は『唐詩選』のパロディとして、猥雑な文章を組み込むことで笑いを誘いました。『小説白藤伝』は、徂徠や春台を思わせる人物が登場する物語です。これらの戯作は、門弟の沢田東江にも影響を与えました。

著述一覧

『馴象俗談』
『左伝異名考』校刊
『老子経音義』校刊
『詩経古註』校刊
『山陽行録』
『明七子詩解』
『周易古註』校刊
『唐詩笑』
『太申桜記』
『小説白藤伝』
『陸賈新語』校刊
『蘭台先生遺稿』
* 『井上蘭台文稿』

その他

宝暦8年（1758年）には、蘭台の歯を埋めた瘞歯塚が建立されました。碑文は井上金峨が撰し、沢田東江が書しました。

井上蘭台は、儒学者としてだけでなく、戯作者としてもその才能を発揮し、江戸時代の文化に大きな足跡を残しました。彼の自由な学風とユーモアに富んだ人柄は、多くの人々に愛され、影響を与え続けています。

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