古学

古学：朱子学批判から生まれた江戸時代の儒学

古学は、江戸時代に隆盛した儒学の一派で、既存の朱子学を批判する立場から生まれた学問です。山鹿素行、伊藤仁斎、荻生徂徠という3人の代表的な学者によって発展し、それぞれ「聖学」「古義学」「古文辞学」と呼ばれ、異なる特徴を持っていました。これらの学派を総称して「古学」と呼びます。

各学派の特徴

山鹿素行の聖学: 山鹿素行は、朱子学の枠にとらわれず、独自の儒学体系を構築しました。その思想は、武士道精神にも影響を与えたとされています。

伊藤仁斎の古義学: 仁斎は、経典の原文に忠実に解釈を行うことを重視しました。政治や社会秩序への関与は少なく、個人の内面修養に重きを置いていました。人倫の道徳を重んじ、愛と誠実、思いやりを基盤とした日常生活の実践を説きました。統治者ではなく、非統治者の立場から儒学を内面化しました。道徳を政治や制度に限定せず、人倫世界（俗）に限定した点が徂徠の解釈とは対照的です。

荻生徂徠の古文辞学: 徂徠は、古代中国の制度や政治を研究対象とし、経典を歴史的・制度的に解釈しました。彼の学派は「蘐園学派」と呼ばれ、道徳よりも制度や政治に焦点を当てた近代的な思考に近いと評価されています。徂徠は「道」を古代中国の先王たちが作った礼楽刑政と定義し、天地自然や人間の内面から切り離しました。この解釈は、政治や制度に限定されたものでした。

古学と政治

古学は、政治思想にも大きな影響を与えました。徂徠の古文辞学は、幕府の正当性を論じる際に利用されました。一方、山県大弐は、幕府打倒の正当性を論じる際に古学の思想を用いました。『孟子』の放伐論は、この両者の主張を裏付ける根拠として利用された点が興味深いです。水戸学派や崎門派とは異なり、古学、特に徂徠学派は『孟子』の放伐論を肯定的に解釈しました。これは近世期の朝廷に政権がないのは、民を安んじたために幕府に委譲せざるを得なかったという解釈につながりました。

古学の影響と衰退

古学は、後世の国学にも影響を与えました。経典を直接的に研究する実証的な姿勢は、国学の成立に貢献したといえます。江戸時代の中後期には広く普及し、越後長岡藩では藩校に古義学と古文辞学の両方が採用されていました。しかし、寛政異学の禁によって、公式の場での講義は禁止され、衰退の一途を辿ることになります。「風俗を乱す」という理由で、幕府および諸藩によって禁止されたのです。

古学の現代的意義

古学は、江戸時代の儒学の一つの流れとして、政治、社会、そして個人の在り方について、多様な視点を与えてくれました。朱子学への批判という出発点から、それぞれ異なる解釈が生まれ、現代においてもその思想は再考に値する重要なものです。特に、仁斎の古義学が重視した個人の内面修養や、徂徠の古文辞学が示した近代的な政治思想は、現代社会においても示唆に富んでいます。古学は単なる歴史的遺物ではなく、現代社会を考える上での重要な知見を提供してくれると言えるでしょう。

参考文献

市井三郎 『「明治維新」の哲学』 講談社現代新書 1967年
佐々木潤之介他編 『概論日本歴史』 吉川弘文館 2000年

関連用語

* 古方派

もう一度検索