井伊谷藩

井伊谷藩とは

井伊谷藩（いいのやはん）は、遠江国引佐郡井伊谷（現在の静岡県浜松市浜名区引佐町一帯）周辺を領地として、江戸時代初期にごく短期間存在した藩です。「井伊谷三人衆」の一人である近藤秀用が、1619年に1万石の大名として旧領に入封して成立しましたが、翌1620年に分知を行ったため、大名領（藩）としては短命でした。しかし、近藤家は「五近藤家」と呼ばれる5つの旗本家に分かれ、幕末まで井伊谷周辺の領主として存続しました。

本記事では、井伊谷藩成立までの近藤家の状況、および藩領分割後の旗本領時代も含めて解説します。

歴史

前史：井伊家と井伊谷三人衆

浜名湖の北岸にあたる井伊谷一帯は、中世には井伊氏が領主として成長しました。戦国時代には今川氏に従属する国衆となりましたが、1560年に井伊直盛が桶狭間の戦いで戦死し、井伊氏は衰退しました。（この時期の井伊家の状況については議論があります。）

「井伊谷三人衆」は、鈴木重時・近藤康用（秀用の父）・菅沼忠久の3人、またはその出身である3家（山吉田鈴木家・宇利近藤家・都田菅沼家）の総称です。井伊氏の家臣であったり、井伊氏の衰退の間に井伊谷領に割拠した有力者であるなどと説明されます。

近藤家は、康用の祖父にあたる近藤満用のときに松平清康に仕え、三河国宇利城（現在の愛知県新城市中宇利）攻めに参加し、以後宇利城を本拠としたとされています。

1568年に徳川家康が遠江に進攻する際、井伊谷三人衆は家康に従い、その先導を務めました。近藤康用は宇利城に在城して敵に備え、子の近藤秀用を派遣して偵察と道案内を務めさせました。三人衆にはその恩賞として井伊谷周辺に所領が与えられ、与力・同心を率いて井伊谷城の城番を輪番で務めることとなりました。

また、家康の遠江国平定後、鈴木重時・近藤康用・菅沼忠久が「武田の押さえ」として山吉田（現在の愛知県新城市下吉田）に配置されたことをもって「井伊谷の三人衆」と呼んだという説もあります。

近藤康用は各地の戦いで先鋒を務めて多くの傷を負い、歩行が困難になったために引退しました。秀用も姉川の戦い、三方ヶ原の戦い、長篠の戦い、高天神城の戦いなどに従軍し、武功を上げました。

井伊直親の遺児であった井伊直政は、1575年に徳川家康に出仕しました。この頃から1582年頃までの直政と井伊谷三人衆の関係は明確ではありませんが、1575年時点で直政に旧領井伊谷が与えられるとともに、三人衆が直政に附属されたとする説もあります。しかし、井伊谷の所領に関する史料からは、三人衆は知行地を従来通り保持しており、直政の領地は三人衆とは別に設定されたと見なされています。

1582年、井伊直政は4万石を領するようになり、武田旧臣をはじめ多くの武士を附属されました。1584年には、秀用を含む「井伊谷三人衆」が井伊直政に与力として附属されたとされています。

秀用は井伊直政の麾下で長久手の戦いや第一次上田合戦、小田原合戦、九戸政実攻めなどを戦って武功を重ねました。井伊直政と直政附属の同心衆は「上司と部下」の関係であり、同じ主君（徳川家康）に仕える存在であって、直政と同心衆の間に主従関係はありませんでした。近藤秀用は、井伊直政の「家老」的存在ではありましたが、井伊谷の在地領主であり、単独で相当の軍役を担うことのできる独立性の強い存在でした。

家康の関東入国後の近藤秀用

近藤秀用には4男3女（他に養子1名）がいました。長男の近藤季用は、1590年の小田原合戦に父とともに井伊直政麾下として参戦し、若年ながら敵の足軽大将を討ちました。この功績は家康に賞され、豊臣秀吉にも伝えられて紅梅の胴服と馬を褒美として下されました。1591年には家康の麾下となり、蔵米1000俵を給与されました。（のちに蔵米を知行に改めて1000石）

小田原合戦後、井伊直政は上野箕輪城（箕輪藩）に配置され、徳川家中最大の12万石の領主となりました。この頃より、井伊直政と直政附属の同心衆の関係は「上司と部下」から、主従関係へと変化を見せるようになります。秀用は徳川家直属（御麾下の士）となることを願い出て井伊直政のもとを去り、長男の季用のもとに寓居しました。井伊谷三人衆は独立性の強い性格であったために、井伊直政の家臣となることを拒否したと推測されています。（近藤家のみならず、菅沼家・鈴木家も直系は井伊家に残留していません。）

ただし、井伊家の家臣団の編成は家康の意向によっていたと見られ、家康に無許可で行われた秀用の退去は、家康の不興を買いました。

関ヶ原の戦い後の近藤家

近藤季用の井伊谷領

季用は関ヶ原の戦いでは御徒頭を務め、戦後に旧領である遠江井伊谷で3050石を与えられました。季用は1612年に亡くなり、その嫡子・近藤貞用が跡を継ぎました。

近藤秀用の青柳藩

関ヶ原の戦いで井伊直政は負傷し、1602年に亡くなりました。同年、秀用は徳川秀忠に仕えました。この際、上野国邑楽郡青柳（現在の群馬県館林市青柳町付近）で5000石を与えられました。1603年には池田輝政の口添えによって家康の不興は解かれたとされています。

1614年、近藤秀用は相模国内において新たに1万石の知行地を与えられ、従来の上野青柳5000石と合わせて知行地は1万5000石となりました。これにより諸侯に列し、青柳藩が立藩したとみなされます。この加増は、小田原城番任命とともに行われており、秀用は小田原城三の丸に居住しました。

秀用は両度の大坂の陣に従軍しました。この際、他家に仕えていた二男の用可（もちよし）を、徳川家の直臣とするよう願い出て認められ、用可は父と共に武功を挙げました。

1615年、秀用は用可に5000石を分与しました。これにより、青柳藩は1万石となりました。

立藩から廃藩まで

1619年、駿府藩主徳川頼宣が紀州藩に移封される際、近藤貞用が附属されることとなりました。貞用への知行は新たに与えられることとなり、従来の知行地である井伊谷は収公されることとなりました。

しかし、井伊谷が近藤家の旧領であることが考慮され、秀用の領地が相模国・上野国内から遠江国内5郡（引佐郡・敷知郡・豊田郡・麁玉郡・長上郡）に移されました。（秀用が転封を願い出たものともいう。）秀用は井伊谷に陣屋を築き、井伊谷藩1万石が成立しました。また二男・近藤用可の知行地5000石も同じ地域（引佐郡・敷知郡・麁玉郡・長上郡）に移されました。

近藤貞用は1620年に旗本として呼び戻されましたが（秀用が願い出たものともいう）、この際に秀用は貞用に3140石を分知し、秀用の知行は6860石となりました。これにより「井伊谷藩」は廃藩になったと見なされます。

井伊谷五近藤家領

秀用は、1621年には「馬飼料」の名目で相模国大住郡・愛甲郡内で2000石を加増されました。1625年に領知朱印状が下された際には、新田分も含め8940石の知行が認められました。秀用は1631年2月6日に亡くなりました。

秀用の嫡孫である近藤貞用は、上記のように祖父から3140石を分与されていましたが、1625年に領知朱印状が下された際に、新田分も含め3230石の知行主となりました。

秀用の二男・用可（5000石）は1622年2月10日、任務中の落馬が原因で亡くなりました。用可の家督は二男の用治が継ぎました。用治は引佐郡気賀に居所を構え、交替寄合となりました。1624年、庶兄の用行に2000石を分知し、別家を立てました。1625年に領知朱印状で新田分を含め3350石の知行が認められました。

1631年に秀用が亡くなると、遺領8940石は次のように分配されました。

近藤貞用（秀用の嫡孫）：遺領中2220石を相続→従来からの知行地と合わせ5450石。金指に陣屋を構えたことから金指近藤家と呼ばれる。
近藤用将（秀用の四男・用義の子）：遺領中5450石を相続。近藤家の本拠であった井伊谷を受け継ぎ、井伊谷近藤家と呼ばれる。
近藤用治（用可の嫡子）：遺領中540石を相続→従来からの知行地と合わせ3900石。本坂越の関所を守り、気賀に陣屋を構えたことから気賀近藤家と呼ばれる。
近藤用行（用可の庶長子）：遺領中400石を相続→従来からの知行地と合わせ2400石（その後の加増で最終的に3000石）。大谷に陣屋を置き、大谷近藤家と呼ばれる。
近藤用尹（秀用の甥）：遺領中320石を相続（その後の加増で最終的に520石＋300俵）。知行地の多くは関東にあり、井伊谷地域に陣屋は置いていないが、遠州領の石岡村や花平村の名を取り、石岡近藤家・花平近藤家あるいは花岡近藤家と呼ばれる。

この5つの家は「五近藤家」と呼ばれます。このうち近藤貞用・近藤用治は交代寄合となりました。

歴代藩主

近藤家 1万石譜代

1. 秀用（ひでもち）

脚注

注釈

出典

参考文献

『角川新版日本史辞典』角川学芸出版、1996年。
二木謙一監修、工藤寛正編『藩と城下町の事典』東京堂出版、2004年。
小宮山敏和「井伊直政家臣団の形成と徳川家中での位置」『学習院史学』第40号、2002年。https://hdl.handle.net/10959/988。
小宮山敏和『譜代大名の創出と幕藩体制』（吉川弘文館、2015年） ISBN 978-4-642-03468-5）に所収
山澄元「旗本領と近世の郷荘 : 遠州井伊谷・気賀地方を例として」『史林』第56巻、第6号、1973年。doi:10.14989/shirin_56_839。