三方ヶ原の戦い

三方ヶ原の戦い：徳川家康の生涯最大の危機と武田信玄の戦略

元亀3年12月22日(1573年1月25日)、遠江国敷知郡三方ヶ原(現在の静岡県浜松市中央区三方原町近辺)において、武田信玄率いる武田軍と、徳川家康・織田信長連合軍による激戦、三方ヶ原の戦いが勃発しました。この戦いは、織田信長包囲網に参加するため上洛の途上にあった信玄を、連合軍が迎え撃ったものの、大敗を喫したことで知られています。

戦いの背景：武田氏の台頭と勢力図

戦国時代、甲斐国の武田氏は信濃への侵攻を繰り返し、勢力を拡大しました。越後の上杉氏と激しく対立したのち、永禄4年の川中島の戦いを境に、同盟国であった駿河国の今川氏への侵攻を開始します(駿河侵攻)。桶狭間の戦いにおいて今川義元が織田信長に討たれると、今川氏に臣従していた三河国の松平元康(徳川家康)は織田氏と同盟し、独立を果たしました。

武田氏の駿河侵攻は、三河の徳川氏と、今川氏の同盟国である相模国の北条氏に挟撃される形となりました。武田氏は北条氏を制圧し、駿河を掌握すると、三河・遠江への侵攻を開始。徳川氏は織田氏の支援を受け、東海地方では武田氏と織田・徳川勢の対立が激化していきます。元亀2年(1571年)、足利義昭が織田信長討伐令を発布(第二次信長包囲網)すると、翌元亀3年、信玄は徳川領である遠江・三河に侵攻を開始しました。当初、織田氏は徳川への援軍を送らなかった点も注目に値します。なお、義昭の信長討伐令自体を否定する見解も存在します。元亀2年末、北条氏康の死後、北条氏と武田氏は和睦し甲相同盟が復活。後顧の憂いを断った信玄は、西上作戦を開始します。

西上作戦：武田軍の侵攻

元亀3年(1572年)10月3日、武田軍は遠江・三河への同時侵攻を開始。山県昌景率いる5000人の別働隊は信濃から三河へ侵攻し、武節城など重要拠点を次々と攻略。一方、信玄率いる本隊(22,000人、北条氏援軍2,000人を含む)は甲府を出陣、諏訪を経由して青崩峠から遠江へ侵攻しました。馬場信春隊5,000人を只来城攻略に向かわせ、信玄本隊は二俣城を目指します。

総勢2万7千人という武田軍の圧倒的な兵力は、徳川軍(最大1万5千人、遠江防衛に8千人余しか動員できず)を大きく上回っていました。加えて、織田氏は近畿の反信長勢力との戦いに忙殺されていました。

一言坂・二俣城の戦い：徳川軍の苦戦

10月13日、只来城を陥落させた馬場隊は二俣城を包囲。10月14日、家康は偵察に出ますが一言坂で武田軍と遭遇、敗走します(一言坂の戦い)。10月16日、信玄本隊も二俣城を包囲、降伏を勧告しますが拒否されたため、18日から攻撃を開始。12月19日、水の手を絶たれた二俣城は開城・降伏しました(二俣城の戦い)。遠江北部は武田領となりました。

織田軍の援軍：人数と武将

二俣城落城直前に織田信長から援軍が派遣されましたが、その人数と武将の構成には諸説あります。『信長公記』、『松平記』、『佐久間軍記』、『明智軍記』、『総見記』など、複数の史料に記されている武将や兵数は異なっています。研究者も様々な見解を示しており、織田信長が実際にはどの程度の兵力を派遣したのか、現在でも不明な点が多いのです。

三方ヶ原の戦い：徳川軍の敗北

家康と佐久間信盛は、武田軍の次の標的を浜松城と予測し籠城戦を準備していました。しかし、武田軍は二俣城攻略後、浜松城を素通りし三方ヶ原台地を目指します。家康は一部家臣の反対を押し切り、積極攻撃に転じ、織田軍と連合した軍勢を率いて追撃に出ました。しかし、武田軍は魚鱗の陣を敷き、連合軍は不利な形で戦闘を開始。わずか2時間で壊走し、多数の武将が戦死しました。

家康の敗走と犀ヶ崖の戦い

家康は僅かな供回りのみで浜松城へ敗走。この敗走は、家康の生涯における最大の危機の一つと言われています。浜松城に到着した家康は空城計を用い、山県隊の追撃をかわしました。家康は夜襲を敢行しますが、この「犀ヶ崖の戦い」については、後世の史料にのみ記述があり、信憑性に疑問が残ります。

戦後の情勢と論点

三方ヶ原の戦いにおける武田信玄の西上作戦の動機や、家康が出陣した理由、両軍の布陣、主戦場など、様々な論点が存在します。近年では、従来の通説とは異なる新たな解釈も提出されています。信玄の死後、武田勝頼は家督を継ぎましたが、織田・徳川連合軍との戦いを続ける中で、天正10年(1582年)に武田家は滅亡しました。

三方ヶ原の戦いの遺産

三方ヶ原の戦いは、徳川家康の生涯における大きな転換点となりました。この敗戦を教訓に、家康はその後、より慎重かつ戦略的な戦いを心がけるようになりました。また、この戦いは、戦国時代の歴史を語る上で重要な出来事の一つであり、現在も様々な研究が続けられています。様々な逸話や、この戦いを題材にした作品も多く存在します。三方ヶ原の戦いは、歴史の深さと複雑さを改めて私たちに提示してくれる出来事なのです。

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