交響曲第9番 (マーラー)

グスタフ・マーラー 交響曲第9番ニ長調

グスタフ・マーラーの交響曲第9番は、1909年に作曲された彼の最後の完成された交響曲です。『大地の歌』を10番目の交響曲と数える場合、この作品は10番目となりますが、マーラーの死によって交響曲第10番が未完に終わったため、結果としてこの曲が彼の最後の交響曲となりました。演奏時間は約70分から90分です。

概要

この作品は、ニューヨーク・フィルハーモニックの指揮者としての活動が充実していた時期に作曲されました。マーラーは一時的な健康不安を脱し、精力的に活動していました。交響曲第8番や『大地の歌』で声楽を取り入れたのに対し、この曲では純粋な器楽曲に回帰しています。4楽章構成で、第1楽章はソナタ形式に則るなど、古典的な交響曲の要素を持ちます。しかし、両端楽章に遅いテンポの音楽を配置したり、第1楽章がニ長調でありながら、主題が調を変えなかったり、終楽章が変ニ長調で書かれたりと、伝統的なスタイルからの逸脱も見られます。

この交響曲は、特定の標題を持たないものの、全体を通して「別れ」や「死」のテーマが強く印象づけられます。特に終楽章の最後の小節に、マーラー自身が「ersterbend（死に絶えるように）」と書き込んでいることが、このテーマを象徴しています。また、この作品では、過去の自作や他者の作品からの引用が体系的に用いられており、過去の追憶や別離の感情を深めています。これらの引用は、単なる引用ではなく、変形され、新たな意味を帯びることで、マーラー独自の作曲技法と融合しています。この手法は、後のコラージュ音楽の原型とも見なされています。

この作品は、マーラーの過去の作品の集大成であると同時に、新たな境地を切り開こうとする意欲を示しています。音楽の普遍性、独自性、大胆な書法、崇高な表現などから、マーラーの最高傑作と見なされることが多いです。そのため、演奏や録音の機会が多く、指揮者やオーケストラの記念的な演奏会で頻繁に選ばれています。

第9番の「完成度」

マーラーの最高傑作とされることが多いこの作品ですが、マーラー自身は初演を果たすことはできませんでした。彼は、自身の作品に対して初演に向けて練習を重ね、その後も楽譜に修正を加えることが常でした。そのため、もしマーラーが生きて初演を指揮していたら、この作品はさらに改訂されていた可能性があります。特に第4楽章は、オーケストレーションが薄く、マーラー特有の綿密な指示が少ないことから、後で手を加える意図があったと考えられています。

アルマとの関係

1909年の夏、マーラーは交響曲第9番を作曲しましたが、妻のアルマは病気のため同行していませんでした。自筆譜にはアルマへの呼びかけの言葉が書き込まれており、この時期、マーラーとアルマの関係に亀裂が生じ始めていたという解釈もあります。しかし、アルマが建築家のヴァルター・グロピウスと出会うのは1910年の夏であり、この「三角関係」をこの曲の内容に直接結びつけることはできません。

作曲の経過

1908年、マーラーはニューヨーク・フィルハーモニックの指揮者として活躍する傍ら、メトロポリタン歌劇場ではアルトゥーロ・トスカニーニがワーグナー作品を指揮し、マーラーは活動の中心をオーケストラに移し始めました。

1909年夏、マーラーはトブラッハ近郊で交響曲第9番を約2ヶ月で書き上げました。この時、アルマは同行していませんでした。マーラーは、この曲について「小さな一家にとって非常に好ましい財産になるだろう」と述べています。彼は、この曲を「狂ったように大急ぎで、あわただしく、ほとんど書きなぐった」と表現しており、冬に清書をしたいと考えていました。1910年4月、ニューヨークで浄書が完成しました。

この間、マーラーはヨーロッパを旅行し、自作の交響曲を指揮したり、ロダンのモデルを務めたりしていました。1909年から1910年のシーズンでは、メトロポリタン歌劇場での指揮を控え、ニューヨーク・フィルとの演奏会を多数開催しました。

初演と出版

1912年、マーラーの死後、ブルーノ・ワルターの指揮によりウィーンで初演されました。マーラーの完成された交響曲がウィーンで初演されたのはこれが唯一です。

日本初演は1967年にキリル・コンドラシン指揮、モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団によって行われました。

1912年にウィーンのウニヴェルザール出版社から出版され、1969年には全集版が出版されました。

楽器編成

ピッコロ、フルート4、オーボエ4（コーラングレ持ち替え1）、小クラリネット、クラリネット3、バスクラリネット、ファゴット4（コントラファゴット持ち替え1）、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、チューバ、ティンパニ2人、バスドラム、スネアドラム、トライアングル、シンバル、銅鑼、グロッケンシュピール、鐘、ハープ、弦五部

楽曲構成

古典的な4楽章構成ですが、両端楽章は緩徐楽章です。各楽章のテンポは緩-急-急-緩となっており、フランス風序曲の形式に倣っているとも言われています。第2楽章にはレントラーが用いられています。演奏時間は最短で69分、最長で96分です。

第1楽章：アンダンテ・コモド

ニ長調、4/4拍子、自由なソナタ形式。
チェロ、ホルン、ハープによる短い序奏で始まり、シンコペーションのリズムやハープの動機が全曲を統一する素材となっています。第1主題は、ベートーヴェンのピアノソナタ「告別」や自作『大地の歌』からの引用を含み、2度下降の動機が特徴的です。第2主題は半音階的に上昇し、発展部では「死の舞踏」を思わせる展開が繰り広げられます。展開部では、ヨハン・シュトラウス2世のワルツが引用され、過去の追憶を呼び起こします。再現部では、第1主題が自由に再現され、カデンツァ風の部分を経て静かに終わります。

第2楽章：レントラー風のテンポで

ハ長調、3/4拍子。レントラーのリズムを持つ3つの舞曲が交互に現れます。民族舞踊風の旋律や土俗的な雰囲気、諧謔的な要素が含まれています。次第に暗い影を落とし、死の舞踏のような様相を呈しますが、最後は静かに終わります。

第3楽章：ロンド＝ブルレスケ

イ短調、2/2拍子。「ブルレスケ」とは「道化」を意味します。トランペットの信号音で始まり、多声的な音楽が展開されます。ユーモラスな副主題や快活なリズム、皮肉な雰囲気が特徴です。中間部では雰囲気が変わり、トランペットが回音音型を奏でます。次第に狂おしく盛り上がり、急迫して終わります。

第4楽章：アダージョ

変ニ長調、4/4拍子。2つのエピソードを持つ形式ですが、変化に富んでおり、形式感は曖昧です。弦の短い序奏で始まり、ワーグナーの「愛の死」やブルックナーの交響曲第9番との関連が指摘されます。主要主題は、2度下降の動機と回音音型が特徴的です。第1、第2のエピソードを経て、クライマックスを迎えますが、次第に力を失い、最後は「死に絶えるように」最弱音で終わります。この楽章の最後の小節には、マーラー自身が「ersterbend（死に絶えるように）」と書き込んでいます。

死に絶えるように

マーラーは、他の作品でも「死に絶えるように」という表現を使っていますが、この交響曲の終楽章での使用は、作品全体を貫く死のテーマを強調しています。しかし、マーラーが死の恐怖に怯えていたという解釈は、必ずしも正しくありません。作曲当時のマーラーは、むしろ健康状態も安定し、精力的に活動していました。「死」は、マーラーが生涯を通じて追求したテーマであり、20世紀初頭の芸術分野で一般的に取り上げられていたものでもあります。

レコーディング

ブルーノ・ワルターが1938年にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮したライブ録音が初録音です。ワルターはこの録音を破棄したがっていたと言われています。レナード・バーンスタインは1979年にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮して、この曲を演奏しました。カラヤンは1979年から1980年にかけてセッション録音し、1982年にはライブ録音を残しています。ルドルフ・バルシャイは1993年に亡命後初めてモスクワに戻り、この曲を演奏しました。

参考文献

『グスタフ・マーラー現代音楽への道』岩波新書、1984年。
『作曲家別名曲解説ライブラリー 1 マーラー』音楽之友社、1992年。
『こだわり派のための名曲徹底分析マーラーの交響曲』音楽之友社、1994年。
『最新名曲解説全集第2巻交響曲2』音楽之友社、1998年。
* 『ブルックナー/マーラー事典』東京書籍、1998年。

外部リンク

マーラーの交響曲第9番の総譜 (PDF) - IMSLP: The International Music Score Library Project)

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