京成白鬚線

白鬚線：短い歴史に閉ざされた隅田川の支線

東京の下町、墨田区に存在した白鬚線は、京成電鉄の前身である京成電気軌道によって運営されていた、短いながらも興味深い歴史を持つ路線です。向島駅から白鬚駅までを結ぶ全長わずか1.4kmの路線は、1928年の開業からわずか8年後、1936年には廃止という短い歴史に幕を閉じました。現在では、その存在を示す痕跡はほとんど残っておらず、かつての賑わいを知る者は少なくなっています。

構想から廃止まで：都心への足がかりを求めて

白鬚線の建設は、王子電気軌道（現在の都電荒川線）との接続、ひいては都心への路線網拡大という京成電鉄の野望から始まりました。隅田川を挟んで浅草方面への進出を阻まれた京成電鉄にとって、王子電気軌道との連携は都心へのアクセスを確保するための重要な戦略でした。両路線は軌間が同じだったため、技術的な整合性は問題ありませんでした。

しかしながら、白鬚線は当初の計画からいくつかの問題を抱えていました。向島駅での接続は押上線からの直通運転を可能にする分岐線として設計されましたが、王子電気軌道と接続しても都心への直通路線にはならず、その存在意義は当初から曖昧なものでした。さらに、東京市会を巻き込んだ京成疑獄事件という負の遺産も、この路線の影を色濃くしています。

1930年には筑波高速度電気鉄道を吸収合併し、1933年には上野公園駅と青砥駅を結ぶ新路線を開業したことで、白鬚線の存在意義は完全に失われます。加えて、東京市による道路の立体交差化政策も廃止を決定づける要因となり、1936年3月、わずか8年の短い歴史に終止符が打たれました。

廃線後の痕跡と記録

白鬚線が廃止された後、その線路跡地は宅地化が進み、現在では当時の面影を探すことは困難です。向島駅跡地は、工事現場の仮設基地や都営地下鉄浅草線の車両基地として利用された歴史を持ちます。しかし、これらの利用も一時的なもので、現在では完全に姿を消しています。

唯一、白鬚線の廃止直後の様子を垣間見ることができるのは、永井荷風『濹東綺譚』などの文学作品の中です。これらの作品からは、当時の沿線の様子や人々の生活、そして失われた路線への郷愁が読み取れます。

路線概要と運行状況

白鬚線は、全長1.4km、4駅（向島駅、長浦駅、玉ノ井駅、白鬚駅）からなる路線でした。全線複線で電化され、直流600Vの電圧で運行されていました。開業当初は押上駅から直通運転が行われていましたが、乗客の少なさから、すぐに向島駅で折り返し運転が中心となりました。晩年には単行電車による運行が日常となっていたようです。1934年9月15日改正当時の運行間隔は約16分、所要時間は4～5分でした。

結論：幻の路線としての白鬚線

白鬚線は、その短い歴史と、都心へのアクセス確保という未達成の目的、そして現在ほとんど痕跡が残っていないという点において、幻の路線と言えるでしょう。しかし、その存在は、京成電鉄の歴史、そして東京の下町の発展を理解する上で重要な要素であり、今後も歴史資料や文学作品を通してその存在を記憶していく必要があります。この路線の短い歴史は、時代の変化や企業戦略、そして都市開発の複雑な絡み合いを私たちに示唆していると言えるでしょう。

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