今村紫紅

今村紫紅：近代日本画壇を揺るがした革新的画家

今村紫紅（1880-1916）は、横浜で生まれた日本画家です。35歳という若さで亡くなったにもかかわらず、その大胆で独創的な画風は、当時の画壇に衝撃を与え、多くの後進の画家たちに大きな影響を与えました。本名は寿三郎。数え年で37歳という短い生涯でしたが、日本の近代日本画史に燦然と輝く足跡を残しました。

生い立ちと修業

紫紅は、横浜市尾上町で輸出向けの提灯を商う家の三男として生まれました。15歳の頃には、山田馬介という画家から水彩画を学び、「龍介」という雅号を用いていました。その後、兄の勧めで松本楓湖に師事。厳しい指導のもと、大和絵の模写に励む日々を送りました。兄からの指導は徹底しており、未熟な状態から銀座の街並みを写生させられたり、走っている馬を写生するために自らも走りながら描くことを求められたりと、並々ならぬ鍛錬を積みました。

様々な色彩を表す「千紫万紅」から一字ずつ取って「紫江」と号し、日本美術協会展で早くも入選を果たします。その後、安田靫彦らと紫紅会（後に紅児会と改称）を結成。同会や楓湖門下生を中心とする巽画会で歴史人物画を研究し、新日本画の開拓に貢献しました。

岡倉天心との出会い

1907年、茨城県五浦の日本美術院研究所で岡倉天心（覚三）の指導を受け、菱田春草や横山大観らの作品から大きな刺激を受けました。紫紅が岡倉に「古人では誰が好きですか」と問われた際、「宗達です」と即答した逸話は有名です。当時の宗達は光琳に比べて知名度が低かったため、紫紅の深い日本画への造詣を示すエピソードとして、また宗達の再評価の一端を担った逸話としても知られています。

同年、国画玉成会にも参加。文展に出品した作品は落選したものの、審査員の荒木十畝の絵を公然と批判したという逸話も残されています。

南画への傾倒と革新

1911年からは原三渓の援助を受け、中国や日本の古美術を鑑賞。明清画や富岡鉄斎を研究し、南画への傾倒を深めます。1912年の第6回文展で「近江八景」が二等賞を受賞。この作品では、大和絵の伝統と南画研究による柔らかな筆致、後期印象派的な点描と色彩の対比を融合させた独自の画風を確立しました。

1914年には単身インドに渡航。帰国後発表した「熱国の巻」（東京国立博物館蔵）は紫紅芸術の頂点と評される作品です。大胆な構図と華麗な色彩、大和絵の伝統に琳派や印象派、南画などの手法を取り入れ、日本画の表現の可能性を広げました。同年、速水御舟らと赤曜会を結成し、日本画壇で活躍しました。

紫紅は、日本画の因習を打破しようとする革新的な画家でした。「日本画はもっと自由に、破壊的に変化すべきだ」という信念のもと、主題、構図、彩色など、あらゆる面で自由な表現を追求しました。しかし、酒による病のため、若くして亡くなりました。

代表作

紫紅の代表作には、『近江八景』『熱国の巻』の他に、『平親王』『時宗』『達磨』『伊達政宗』『風神雷神』『護花鈴』など数多くの作品があります。これらの作品は、現在も多くの美術館に所蔵され、人々の目に触れ続けています。

死後

紫紅の死後、安田靫彦や速水御舟ら、親交の深かった画家たちが紫紅を偲び、その業績を称えました。紫紅の画業は、日本画壇に大きな影響を与え、現在も高い評価を得ています。彼の革新的な精神は、多くの現代のアーティストにもインスピレーションを与え続けているのです。

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