佐橋甚五郎

佐橋甚五郎

森鷗外の短編小説『佐橋甚五郎』は、1913年に発表された歴史小説集『意地』に収録されています。この作品は、徳川家康と、かつて家臣でありながら城下から姿を消した佐橋甚五郎との間にあったとされる因縁を軸に物語が展開されます。

概要

物語は慶長14年、朝鮮からの使者の中に、家康がかつて逐電した佐橋甚五郎の姿を重ねて見てしまう場面から始まります。そこから遡り、甚五郎の波乱に満ちた半生が紐解かれていきます。鷗外は巻末で、この物語が『続武家閑話』という古書を基にしていることを明記しています。研究者の調査によると、鷗外は『通航一覧』、『徳川実紀』、『韓使来聘記』などの史料も参考にしていると考えられています。

物語の構成

全12段から構成されるこの物語は、家康と甚五郎の複雑な関係性を以下の流れで描き出しています。

1. 朝鮮使節の中に、家康が甚五郎らしき人物を見出す場面。
2. 甚五郎の少年時代の回想。武芸に秀でた甚五郎が、小姓仲間との賭けで相手を切り殺してしまい、逐電する経緯。
3. 甚五郎の親戚が家康に事の顛末を伝え、助命嘆願をする。家康は甘利四郎三郎を討つことを条件に助命を約束する。
4. 甚五郎は甘利の小姓となり、機会をうかがって甘利を殺害。家康は約束通り甚五郎の帰参を許す。
5. 家康の家臣として復帰した甚五郎だったが、家康から警戒されていることを悟り、再び逐電する（物語冒頭の朝鮮使節の場面は、この事件から二十数年後の出来事である）。

史実との関連

佐橋甚五郎という人物は、複数の古書にその名が確認されており、実在した可能性が高いと考えられています。ただし、同名異人が複数存在した可能性も指摘されています。鷗外自身も巻末で、「佐橋家の家譜等では、甚五郎は夙く永禄六年一向宗徒に与して討死している」と記しており、物語と史実との間に相違があることを示唆しています。

森鷗外の歴史小説

『佐橋甚五郎』は、森鷗外の歴史小説の中でも、『興津弥五右衛門の遺書』、『阿部一族』と並び、人間の意地や業を描いた作品として知られています。史実を基にしながらも、登場人物の心理描写やドラマチックな展開を通して、読者の心を掴む作品です。

参考文献

勝倉寿一「森鴎外「佐橋甚五郎」私論--謁見の場の構図と日韓併合問題について」『福島大学教育学部論集 人文科学部門』第63号、福島大学、1997年12月、84-69頁、ISSN 05328152、NAID 110000328178。
井村紹快「「佐橋甚五郎」と「堺事件」の提示するもの」『椙山国文学』第5号、1981年、21-40頁。

外部リンク

* 佐橋甚五郎：新字新仮名 - 青空文庫

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