佐藤義長

佐藤義長：近代日本の農業教育を担った農学者

佐藤義長（さとう よしなが）は、慶応2年（1866年）7月20日に、幕末期の会津若松において、会津藩士佐藤大八郎の長男として生を受けました。後の日本の農業教育・研究において重要な足跡を残すことになります。幼少期には佐原盛純らに学び、地元若松の予科学校に進みましたが、学校が翌年に廃校となったため、上京を決意しました。農学の道を志した佐藤は、明治21年（1888年）に駒場農学校（東京大学農学部の前身の一つ）を卒業し、農学の専門知識を身につけました。

卒業後、佐藤はそのキャリアを教育と実務の両面で積んでいきます。埼玉師範学校で教鞭を執った後、茨城県の農業技師を経て栃木県の農業技師となります。この栃木在任中に、当時の深刻な社会問題であった足尾銅山鉱毒による渡良瀬川流域の農作物被害調査に従事し、日本の農芸化学の先駆者である古在由直と共に鉱毒の影響を詳細に調べ上げました。この経験は、彼が現実の農業問題に深く関わる機会となり、その後の研究や教育の基盤となったと考えられます。

その後、京都に移り、京都農事試験場長、次いで京都農学校長を歴任しました。これらの職務を通じて、彼は農業の現場と教育機関の運営の両面で手腕を発揮しました。明治36年（1903年）、佐藤は盛岡高等農林学校（岩手大学農学部の前身の一つ）に教授として迎えられ、農産製造学を担当します。ここでは、欧米（ドイツ、フランス、アメリカ）への留学経験を通じて得た最新の知見を教育に導入しました。留学から帰国後、彼は同校の第二代校長に就任します。

盛岡高等農林学校長在任中には、博士会の推薦によって農学博士の学位が授与され、農学者としての地位を確立しました。また、この時期、後に著名な作家となる宮沢賢治が佐藤の学生として在籍しており、佐藤が賢治に与えた影響は小さくなかったと推測されます。大正10年（1921年）、学校の昇格運動を巡って文部省から謝罪を求められるという事態が発生しましたが、佐藤はこれを拒否し、信念を貫いて校長職を辞任しました。彼は退任に際し、自身が収集した蔵書399冊を同校に寄贈し、後進の学びに資する思いを示しました。

盛岡を去った翌年の大正11年（1922年）、佐藤は新たに設立される宇都宮高等農林学校（宇都宮大学農学部の前身）の創立委員となり、再び高等農林教育の発展に尽力します。創立準備のため、彼は再度欧米を視察し、各国の農業教育の実情を調査しました。そして、宇都宮高等農林学校の初代校長に就任し、その建学の精神として「真面目、堅実」を掲げ、軽薄な姿勢（「浮華軽佻」）を戒める教育方針を確立しました。これは、足尾鉱毒調査のような実務経験や、激動の時代を生きた彼の人生観が反映されたものでしょう。昭和4年（1929年）に校長を退官し、名誉教授の称号を得ました。

退官後も、大日本農会から紅白綬有功賞を授与されるなど、日本の農業振興への貢献が認められました。また、農芸委員としても活動を続け、終生、農学の発展に尽くしました。その功績に対し、高等官一等、従三位勲二等瑞宝章、さらに従四位に叙されています。著述には、明治42年（1909年）に刊行された『東北乃事業』や、没後にまとめられた『佐藤博士文集』があります。同時代の人々からは、「剛毅堅忍研学倦まず」（意志が強く困難に耐え、倦まずに学問を究める）、「資性宏量」（生まれつき度量が広くゆったりしている）と評される人物でした。佐藤義長は、教育者、研究者、そして実務家として、近代日本の農業発展と後進の育成に多大な貢献をした農学者です。昭和12年（1937年）1月8日に永眠しました。

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