保全経済会事件

保全経済会事件（ほぜんけいざいかいじけん）

保全経済会事件は、1953年に露見した、匿名組合を称する「保全経済会」が引き起こした巨額の詐欺事件です。戦後復興期の混乱に乗じ、多くの一般大衆から資金を集めながら、その実態は破綻寸前の経営であったことが明らかになり、社会に大きな衝撃を与えました。

事件の背景と手口

事件の中心となった保全経済会は、1948年に伊藤斗福によって東京で設立されました。彼らは、新聞、雑誌、ラジオといった多様なメディアを活用して大規模な広告を展開し、年利に換算して60%から84%にも及ぶような、驚くべき高配当を保証することで出資を募りました。この魅力的な謳い文句は、特に戦災未亡人や農民など、十分な金融知識を持たない一般の人々を強く引きつけ、多額の資金が集められました。

集められた資金は、表面上は不動産投資や中小企業への貸付などに用いられるとされていましたが、実際にはそこからの収益はほとんどなく、保全経済会の経営基盤は設立当初から極めて脆弱でした。しかし、1950年に勃発した朝鮮戦争による特需が日本経済を活気づけ、株式市場が高騰するという追い風が吹きました。保全経済会はこの時流に乗り、積極的な株式投機に資金を投入します。そして、新たな出資者から集めた資金を、既存の出資者への配当支払いに充てるという、いわゆる「自転車操業」の自転車操業を継続しながら、見かけ上の規模を拡大させていきました。

また、集めた資金の一部は政界への工作資金として流用された疑惑が浮上しました。改進党の中島弥団次氏や駒井重次氏、右派社会党の平野力三氏といった当時の有力政治家が、保全経済会の有給顧問を務めていたことも後に問題視されることとなります。

破綻と影響

好調に見えた保全経済会の経営は、1953年3月のソビエト連邦指導者スターリンの死去をきっかけに暗転します。この訃報は世界の株式市場に動揺を与え、「スターリン暴落」と呼ばれる株価の急落を引き起こしました。投機によって成り立っていた保全経済会は資金繰りが急速に悪化し、窮余の策として月々の配当率をさらに8%に引き上げるなどしましたが、経営の立て直しは不可能でした。

同年10月24日、保全経済会は突如として休業を宣言し、出資金の支払いを停止しました。この報を受けて、不安に駆られた出資者による本社への取り付け騒ぎが発生し、現場は警察官が交通整理に当たるほどの大混乱となりました。理事長の伊藤斗福は、事態収拾のために会員に対し全財産を差し出すと約束せざるを得なくなりました。

翌1954年 1月26日、伊藤理事長は詐欺容疑で逮捕され、保全経済会は正式に破産しました。被害は全国に及び、ピーク時には約15万人に達した会員の被害総額は、当時の金額で実に約44億円という巨額に上りました。

国会での追及と法整備

この事件は単なる詐欺事件に留まらず、政界との繋がりも深く問題視されました。1954年2月、保全経済会の顧問を務めていた平野力三氏が国会に証人喚問され、伊藤理事長からの情報として、当時の有力政治家複数名に対し多額の献金が行われたことを証言しました。これにより、事件は政治スキャンダルとしての側面も持ち合わせることになりました。

伊藤理事長は1954年2月に詐欺罪と外為法違反で起訴され、裁判の結果、1966年1月に懲役10年の刑が確定しました。

この事件の重要な影響の一つは、日本の金融法制に与えた影響です。戦後混乱期には、保全経済会のように高配当を謳って資金を集める、いわゆる「街の金融機関」が多数存在していました。これらの多くは、匿名組合を名乗るなどして、既存の銀行法や貸金業取締法の規制を巧みに回避していました。保全経済会の破綻は、こうした街の金融機関に対する取り付け騒ぎや連鎖倒産を引き起こすとともに、法的規制の不備を浮き彫りにしました。

特に、伊藤が裁判の中で「保全経済会は匿名組合であり、出資金の返還義務はない」と主張したことは、投資と預かり金の境界、そして一般消費者の保護のあり方について社会的な議論を巻き起こしました。この議論は、不特定多数からの元本保証付き出資の受け入れや、根拠法のない預かり金業務を禁止する内容を盛り込んだ「出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律」（通称：出資法または出資取締法）の制定（1954年6月公布）を強く後押ししました。

保全経済会事件は、戦後の混乱期における金融市場の未整備な状況と、それに乗じた詐欺行為の危険性、そして消費者保護のための法整備の必要性を痛感させた、日本の経済史において重要な出来事として記憶されています。

保全経済会事件